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結婚でPDCAサイクルを回す世界

「私はこれで72回目の結婚です。」

ネットTVに映るバリキャリ風の女性は凛として答える。

「Plan, Do, Check, ActのPDCAサイクルを高速で回す。少ない知見で初めから完璧を目指すわけではなく、失敗や経験を元に改善を繰り返してより良い結婚をアウトプットするんです。とてもクレバーな結婚手法ですね。」
官僚出身のコメンテーターが解説する。

データ革命の時代に一定の結果を残したPDCAサイクルが、ビジネスだけでなく恋愛、結婚にまで浸透して久しく経つ。

人々は顧客(結婚相手)のニーズに合ったバリューを追究、提供し、最大限の報酬を貰う。そんなwin-winの関係を、試行(結婚)を繰り返す中で模索する手法が一般的になっている。

古くからの文献にも「学生のうちは遊ぶべき」や「20代は遊ぶべき」という面白い言葉があり、意識の高い人々は小3からPDCAを回し結婚マスターとしてのキャリアを目指しているらしい。

賢いなぁ、と独り呟く。
そんな僕の傍ら、ベビーベッドでは生後5ヶ月の息子が眠っている。
「ごめんなぁ、PDCA回せなくて…」

「大学生の頃は500人ほどと交際し、自己成長に努めました。その経験が評価され、最初の結婚では某外資ECサイトに勤めるバツ30の男性と結婚することができました。グローバルな環境でPDCAを回せた経験は私にとってプライムです。」

インタビューに答える女性は、お急ぎに語る。
「事業だって結果を定量的に分析し、仮説を立て、更なる改善を実行することで事前に想定していた以上のアウトプットを実現できます。

結婚も同じです。何も知らずに行う初めの結婚よりも10度目、20度目と効果検証を繰り返す方が、よりユーザー体験の高いソリューションに辿り着けます。考えてみれば誰だって分かるロジックです。結婚にコミットです。」

2%ぐらいしか理解できなかったが、僕は失敗したと思った。思えば大学時代もろくに彼女を作れていない。

「選ばなければ彼女くらいできるでしょ」
「遊んでいいのは今のうちだよ」

などという、会うたび隣にいる男が違う女友達の言葉が、当時の僕には理解できなかった。だが彼女達はとても賢かったのだ。きっと中長期的な成功のために苦渋を飲んで男を替えていたのだ。間違っていたのは僕の方に違いない。

女性は最終的に72回目の結婚にして、インドのFinTechベンチャー社長との間に生まれた子を育てると決めたらしく、僕も知らない、おそらくとても古い言葉で、そのインタビューを締めくくった。

「誠実さ?それはいつの言葉ですか?」

リビングのテーブルには署名入りの離婚届がホコリを被っている。後は僕が署名して捺印するだけだ。後から知ったが、彼女の方は24回目の離婚らしい。手慣れた去り際に職人技すら感じた。

子どものためを思えば、これから僕もPDCAをガンガン回し、よりハイエンドの結婚にコミット(?)すべきだろう。

もっとステキな人を、もっと相性のいい人を、一度きりの人生なのだから、より上を目指せるなら彼ら彼女らのように離婚を重ねていくべきだ。

それでもなぜだろうか。理屈ではわかっているはずなのに、どうも回せない。

何かを捨てきれず今日も僕は、2人分の衣類を入れ、洗濯機を回す。

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