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帰る場所がある街【6月14日 宮城県東松島市〜石巻市】

車の音で目が覚める、あたたかな朝。車中泊に使わせていただいたスーパー銭湯の駐車場は、私たちの車だけ。暑さのせいか、子どもたちもすぐに起きてきた。朝ごはんは…昨日愛さんがオススメしてくれた仙台のパン屋さんで買っていたのでした。ちょっと贅沢だけど、朝ごはんにパンがあるって幸せだね。

身支度を整えて、目指すは三陸方面。今日は石巻周辺で時間を過ごそうと、車を走らせる。海が見えてくると、私の中でいろいろな記憶が蘇ってくる。2011年3月11日、ここで起こったこと。失われたもの。何度か足を運んで見てきた景色。出会った人々。受け取った言葉。

工事が続く景色の中で車を走らせ、まずは東松島市・陸前小野駅の目の前にある「空の駅」へ。ポップな雰囲気の建屋に足を踏み入れると、カラフルで愛嬌のある「おのくん」が賑やかに出迎えてくれた。

「おのくん」は、東松島のお母さんたちがつくるソックモンキー。一組の靴下でつくるぬいぐるみで、アメリカの貧しいお母さんがお父さんの靴下を改良し、子どもにプレゼントしたのが始まりと言われているそう。震災後、ソックモンキーのつくり方を学び、これを手仕事として続けて来られたお母さんたち。このまちの名前にちなんで「おのくん」と名付けられ、今では15〜16万もの「おのくん」が世界中の“里親”のもとに巣立って行ったという。本名は「めんどくしぇ おのくん」。由来は、つくるのが面倒くさいからだと、お母さんが笑いながら教えてくれた。

娘は手に取るなり、「こなつはこれがいいー!」とおおはしゃぎ。さっきまで車の中でご機嫌斜めだったのが嘘のようにニコニコ。お母さんとあれこれ話をしながら私も目があったように感じたおのくんを手にとってみると、あぁ、なんだか愛着が湧いてしまった。主人とも相談し、大小4つのおのくんをこれからの旅に連れて行くことに。お母さんに私たちの旅の話をすると、「いろんなところで写真を撮ってくださいねー」と。そうやっておのくんの里親のみなさんは自分のおのくんをSNSなどで発信していて、里親同士の交流も盛んなのだとか。

建屋の外では、代表の武田文子さんが、大量の靴下の仕分け作業をされていた。メーカーや個人からこうして寄付で集まってくる靴下が、お母さんたちの手でおのくんに変わっていく。「無地だと地味過ぎて売れないんですよ〜」なんて笑い話から、震災後の歩みまで、あれこれ言葉を交わす。おのくんを手に取るたび、きっと思い出すお母さんの温度。お母さんたちのこの明るく気さくなお人柄も、おのくんファンの増加に貢献しているんだろうな。お礼を言い、キャンピングカーの運転席に座った私に「かっこいいね〜、気をつけてー!」と声をかけてくださった武田さん。また帰って来たい場所が増えました。

おのくんを乗せて、海沿いを北上する最中も、窓から見えるのは工事現場ばかり。このエリアの景色は来るたびに変わっていく。石巻駅の近くに車を止め、以前友人に連れて来てもらったことがある「プロショップまるか」でランチを取ることにした。新鮮な魚介類が市場から直送されてくるここでは、種類豊富なお刺身やお惣菜が販売されていて、その場で食べることもできる。ごはんとお味噌汁、お漬物のついた「ごはんセット(200円)」をつけると、豪華な定食に。

娘は市場から運ばれてきたばかりでまだ元気に動いている大量のウニに釘付け。「ここが口だよ〜」と、ウニの重さを測っていたお兄ちゃんが教えてくれた。「ウニ、食べてみる!」という娘と一緒に、焼きウニ、ひらまさのお刺身、穴子丼、タコの唐揚げ、ポテトサラダなどを購入し、その場でいただいた。

娘は、これまで食べたことのないものにあまりチャレンジしようとしなかった。でもこの旅に出てからは、「食べてみる」と自ら言うように。「噛み切れないからイヤ」と言い張っていたタコも、柔らかくてこれなら食べられる、と。焼きウニは、好きでも嫌いでもなく、「普通」らしい。豊かな食に触れ、チャレンジしてみようという気持ちが、自然に湧いてくるのかな。

お腹も満たされたあとは、徒歩で石巻のまちなかを散策。2011年の震災直後から、何度も歩いているエリア。見慣れた景色のなかにも、さら地になってしまった場所、新たに建築中のビル、変わらない佇まいで続いているお店などなど、訪れるたびに変化を感じる。


そんな石巻のまちには、毎回必ず会いに行く人がいる。かめ七呉服店の、お父さんお母さん。現在はビル建て替え中につき、仮設店舗で営業されていると聞いていた。地図を頼りに歩いてみると、見慣れたロゴマークを発見。少しの高揚感を覚えつつ、娘の手を取り、お店の中へ。「こんにちは〜!」と呼びかけた私を出迎えてくれたのは、お父さん。私の顔を見るなり、「わぁ、どうされたのー?いやいや〜」と、いつもの笑顔。またこうしてお会いできたことが、本当にうれしい。

かめ七のお父さんお母さんと初めてお会いしたのは、震災直後。私はボランティアとして、浜で瓦礫を拾いに来ていた。テント泊で寝袋生活を送っていた中で、仲間とまちを歩き、被災しても店をオープンにしていた呉服店に足を踏み入れた。そんな私たちをいつもどんなときもおふたりは笑顔で迎えてくれて、お茶を出してくれて。当時、ボランティアのみんなにとって「心のお父さんお母さん」的存在になっていたご夫妻。私にとってもかけがえのない存在で、その後も、ときには取材で、ときにはプライベートで石巻に足を運ぶたびに、会いに行き、近況をお聞きし、私の近況もご報告するようになっていた。最初はひとりだったけれど、あれから8年半経った今回は、4人家族で会いに来て、変わらずお元気なおふたりと再会できたこと、本当にうれしい。娘も息子も、かわいがってもらえてご機嫌。

秋には新しいビルが建ち、お店もご自宅もお引越しされるというおふたり。接客に引っ越し準備に忙しい最中にもかかわらず、お母さんは、娘や息子の成長を喜び、私たちの旅の話にも耳を傾けてくださり、このエリアの旅へのアドバイスもたくさんいただいた。お父さんは相変わらず、写真が大好きで、私たちを前から後ろからパシャパシャと撮影。そんな変わらぬあり方も懐かしく、心がほぐれていく。あぁ、うれしいな。またここに帰って来られて、本当に幸せです。

すっかり長居してしまった私たち。そろそろお暇しようかと話していると、お店で流れていたラジオ石巻から聞こえてきたのは、「天野美紀」さんのお名前。記憶がよみがえる。震災直後、「石巻2.0」プロジェクトに建築家として関わっていた天野さんにインタビューしていた私。お母さんに話すと、「近くにいるかも」と電話をかけてくださって、なんとお店に立ち寄ってくださることに。なんてタイミング!数分経って、天野さんがお店に登場。何年ぶりだろう。再会を喜び合い、現在民泊をされているというので、お邪魔させていただくことに。あれよあれよと、ご縁がつながっていく不思議。

車で約5分。天野さんのご自宅、オフィス兼民泊「かめハウス」に到着。犬と泊まれる宿らしく、元気なオコゲとユズが興奮気味に迎えてくれた。現在は建築家としてここを事務所に、フリーランスでお仕事をされているという天野さん。震災後、東京から石巻に移り住み、石巻2.0、日和キッチン(現在は閉店)など、様々な事業を立ち上げてきて、今ではすっかり石巻のひととなっている。民泊を始められたのは、「フリーランスで仕事をしていると孤独だけど、民泊なら人が会いに来てくれるから」だとか。確かに。人が来てくれる環境を整えることで、自分から会いに行かなくても、多くの人と交流することができる。「自宅に泊めて」と言うのはためらってしまう関係性でも、民泊として開いていると気軽さが伴う。

犬と一緒に泊まれる宿泊はとてもニーズがある上、Airbnbに掲載しているため、海外からのお客さんも来てくれるのだとか。そんな人との交流を、天野さん自身がとても楽しんでいる様子。「そうやって気軽に石巻に来てほしい」と、天野さん。私も今度は民泊させていただきますね。

ご縁がつながり、ご縁とご縁が重なり合って。私にとって、またまちを訪れたいと思う動機は、そこに顔の見える関係性のひとがいること。人生という旅路の中でたまに立ち寄って、お互いの無事を喜び、歩みを称え合い、そしてまた、それぞれの旅路へと出発していく。帰る場所がある幸せを噛み締めた、石巻滞在でした。また必ず、帰ってきますね。

コインランドリーで洗濯を済ませ、夕食をとり、温泉のある道の駅「上品の郷」で車内泊。今日も子どもたちは旅の疲れも見せずに元気いっぱい。健康に感謝。今夜は雨だし、冷えないように眠ろうね。


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フリーランスライター・エディター、2人の子どものお母さん。人の言葉をありのままに聞くことで本質を見つめるインタビューがライフワーク。現在は主にウェブマガジン「greenz.jp」にて、「ほしい未来」のつくり手のみなさんの言葉を紡いでいます。
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