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「ない」と思ってたけど「あった」話

まだ、テレビ番組を録画できるビデオデッキもなかった頃の話。
一人っ子の夫が子どもの頃に夢中になったのは、ひとり多重録音ごっこ。

歌謡曲が好きだった夫が、特に気に入っていたのはハモリのある曲。

テレビの前にカセットデッキを置いて、歌番組で流れる歌謡曲を録音した。アリス、アルフィー、チャゲ&飛鳥などの曲を繰り返し聴いて、二声、三声を耳コピする。そして、カセットデッキを2台使って、歌声を重ねていく。で、完成した曲を聴いて一人悦に入るという、いたって地味な遊びだ。

大人になった今、夫は再び同じ遊びを始めた。
昔と違うのは、技術が進化して遊びが高度になったこと。まず、声の録音や編集がPCを使って簡単にできるようになった。そして、昔は自分だけが聴いていた録音をYoutubeで発信するようになった。こんなに簡単に録音や編集ができて、それを世界中の知らない人たちが聴いて、感想を伝えてくれるという世界を、子どもの頃の夫は想像できただろうか。

はじめは一人ハモりを楽しんでいた夫だったけど、やっていくうちに男女のハモり曲にもチャレンジしたくなった。そこで、合唱とアカペラのサークルで歌を楽しんでいる大学生の娘に白羽の矢が立った。

最初に歌ったのはコブクロ✖絢香の「WINDING ROAD」。あいみょんの「裸の心」、スピッツの「春の歌」、一青窈の「ハナミズキ」など、気づけば娘とのコラボ曲は10曲になった。


通常、Youtube用に録音するときは、音声を編集するため、二人別々に歌声を録っている。二人の歌のコラボを自然の中で聴きたいなぁと思った私は、夫と娘にリクエストして、歌っている様子をインスタでライブ配信することにした。

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思いの外、歌のライブ配信に反響があって、「素敵な親子ですね」というコメントをたくさんもらった。「素敵な家族だね。私は父とはそういう感じではなかったな」と言う友人に、「私だってそうだよ」と答えた。

夫と娘は昔から仲が良くて、それはそれで嬉しいのだけれども、そんな関係性を築けているのが、ちょっと羨ましくもあった。父と私はそういう関係ではなかったから。


ライブ配信をした翌朝、瞑想しながら、前日の友人との会話をふと思い出す。すると、古いカセットテープの存在が蘇ってきた。

私が幼い頃は、ビデオカメラもまだない時代だった。我が子の成長の記録を残したいと思った父は、写真とカセットテープを使った。

カセットテープに残されているのは、まだ赤ん坊の頃の言葉にならないお語りから私のあどけない歌声。うっすらと残っている記憶をたぐり寄せると、歌が好きだった父が私に童謡を教えてくれた。

チューリップ、
ちょうちょ、
ぞうさん、
はと、
かたつむり、
どんぐりころころ、
しゃぼんだま、
あめふり、
かもめのすいへいさん、
うみ、
むすんでひらいて、
たきび、
おうまのおやこ、
ななつのこ、
こいのぼり、
ゆうやけこやけ、
いぬのおまわりさん

さらっと思い出しただけでもこんなにある。
きっとライブ配信のときの夫と娘のように、父と幼かった私は一緒に歌を楽しんだのだろうと思った。

たしか引き出しの中にしまってあるはず、とカセットテープを探し出したら、懐かしい父の字で記録が書かれていた。

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カセットテープに父の愛を感じた。

そう、「ない」と思っていたけど、私にも「あった」。ない方ばかりにフォーカスしていたから、あるものが見えなくなっていただけだった。



昨年、母が病気になり、両親をサポートしたとき、父の言葉や態度に触れて、私は父のこの考え方や態度が苦しかったんだと思い出してしまった。

「克己心が大事」
「逃げてばかりいたら人間はダメになる」
「だって、じゃない。言い訳するな」

そんな父に対して、昔は怖くて口をつぐんだ。父とは分かり合えないと諦めていた。

父に伝わるのか自信はなかったけど、危機的な状況だったのもあり、私は自分の思いを懸命に伝えた。変わらないと思った父に変化が見られた。そして、不器用な父なりの愛を感じた。



子どもの頃、熱を出して寝込むと必ずといっていいほど枕元で聴いていたこのカセットテープ。何度も何度も、擦り切れるほど聴いていたら、テープが本当に切れてしまった。

久しぶりに父と私の声を聴きたくなって、ネットで見つけた業者にカセットテープの修復とデータ化を依頼したら、数日後に納品された。音声データを聴いてみると、若い両親と幼い私の声、途中からは2歳離れた弟の声も加わった。

実家にサポートに行った日、この音声データを実家に持っていった。両親と一緒に音声に耳を傾けると、二人の表情がいつになく穏やかになっていた。そんな二人を眺めながら、私は「子どもの頃の声を残してくれてありがとう」と父に伝えた。




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