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その人がその人らしく居られる場所

琵琶湖といえば、毎年夏に開催される鳥人間コンテストが有名だ。
飛行機を飛ばすのだから、それなりに広いとは思っていたが、こんなに広いとは思わなかった。

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はるか遠くに見える水平線、風で波立ち、ざぶんざぶんと一定のリズムを刻む水の音は、まるで海のようだった。しょっぱくないか、思わず舐めて確認したくなるほど。(しなかったけど)
友人のなあなは、生まれた時からずっとこの景色と共に生きて来たんだなあと思ったら、ちょっぴり羨ましくなった。

そんな琵琶湖のすぐそばに、マリーデイサービスはある。

デイサービスとは、日帰りで、専門施設に短時間介護を依頼できるサービス。主に在宅で介護を受けている高齢者が通って利用する。通所介護ともいい、送迎付きで食事や入浴、レクリエーションなどを受けられる。

ケアマネージャーをしているなあなの仕事を取材させてもらう機会があり、なあなのお姉さんの智子さんが運営するマリーデイサービスにお邪魔した。

初めての人や場所に緊張していた私を、スタッフと利用者の皆さんはあたたかく迎えてくれた。
利用者の皆さんは、それぞれ個性的で魅力があったが、特に、私の隣に座っていたSさん(男性)のことが忘れられない。出会ったSさんは、ちょっとぶっきらぼうで、俯き加減。あまり社交的ではないように見えた。

私が利用者の方々に、マリーデイサービスの好きなところを聞くと、
「みんなとのおしゃべりが楽しい」
「デイサービスのスタッフが優しい」
「みんなに会えるのが嬉しい」
などの答えが出た。
周りの人たちの優等生的な答えが可笑しかったのか、Sさんは思わず下を向いたまま吹き出した。
それに気づいた一人のスタッフが、笑いながら、
「じゃあ、Sさんはどうなの?」
と質問を振ると、
「入浴」
と一言。
シンプルな答えに皆で大笑い。
Sさんのキャラが受け入れられているのを感じた。
私が、横浜から来たと伝えると、Sさんに
「この間の台風はどうだった?」
と聞かれた。
不器用なSさんなりの優しさを感じた。

帰りがけに、ふと利用者の方々と握手がしたくなり、一人ひとりにお礼の気持ちを伝え、別れの挨拶をしながら握手をした。皆さんのあたたかな温もりと一緒にありがとうの気持ちを感じた。
右手に麻痺がある方の時には、スタッフから
「左手で握手をお願いしますね」
とさりげなく声かけがあった。
男性のTさんは、ずっとわたしの手を握ったまま離さなかった。
「今日はどこに泊まるの?」
と何回か聞かれ、ホテルまで来てしまいそうな勢いだった。久しくそんな経験をしていなかったから、私もまだまだ捨てたもんじゃないなと思った 笑。

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長野の施設に103歳になる夫の祖母がいて、帰省すると会いに行く。毎回、会えるのはこれが最後かもしれないという思いがあり、握手を交わして帰る。そのことがあるから、デイサービスでも握手したいと思ったのかもしれない。
人の温もりが直に伝わる握手は、時としてどんな言葉よりも雄弁だ。

昔、絵本の読み聞かせをしていた時に好きだった「てとてとてとて」という絵本のラストでも、そんなふうなことが書かれていた。

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てって
すごいなあ。
もしかしたら
ては
こころが
でたり
はいったり
するところ
なのかもしれない。


皆さんと握手した後、玄関先の椅子に一人ポツンと座っているSさんを見つけた。
皆の輪には入らず、上着を着て、帽子をかぶり、すっかり帰るモードになっていて、Sさんらしいと思った。
私はSさんに歩み寄り、
「今日はありがとうございました」
と頭を下げた。
Sさんは、外に目を向けたまま、
「ご苦労さん」
と言って片手を挙げた。

本当はSさんとも握手したかったのだが、躊躇して言いそびれてしまった。
そのことを、後日、智子さんに伝えたら、
「Sさんも、ゆっこさんと握手できず残念だったと言ってました。Sさん、照れ屋さんなので」
とお返事をいただいた。
私も、Sさんのことをシャイな人だと思っていたが、握手を断られるのが怖くて言えなかった。勇気を出して言えばよかった。でも、その気持ちを聞けただけで十分だと思った。
それに、そんなSさんも、智子さんには自分の素直な気持ちが言えるんだなあと、二人の信頼関係を感じて心がほっこりあたためられた。

Sさんの姿と、周りの人たちのSさんへの関わり方を見ていて、何だか無性に嬉しかった。

マリーデイサービスは、その人がその人らしく居られる、心地のいい場所だった。


(2019年11月29日見学取材・Facebookの投稿を加筆修正)

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