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5年生だった君へ

10年間の支援員生活で、たくさんの子どもたちと出会いました。
心に残る出会いは数多くあれど、特別な存在感を持って、今も私の心の中に居続ける少年がいます。
小学校の支援員を辞めた今、彼のことを書いておきたいと思い、noteに綴りました。私とある少年との一年間を一緒に味わっていただけたら嬉しいです。

お元気ですか。

あなたに手紙を書くのは、これが3度目です。
1度目は5年生の年度終わり。2度目は小学校の卒業式。そして今回。

だけど、今回は届く当てのない手紙を書いています。小学校を卒業して4年経った今、あなたの連絡先を知らない私には、手紙を届けるすべがありません。

それでも、10年続けてきた支援員を辞めた私は、一つの区切りとしてあなたに手紙を書きたくなりました。

あなたとの出会い

私は支援員として、当時5年生になったばかりのあなたと出会いました。児童支援専任の先生に案内されてクラスに行くと、まだあどけなさが残る少年のあなたがいました。先生が「今年度ショウさん(仮名)を担当してくれる池田先生です」と伝えるとあなたは照れ笑いを浮かべました。笑顔が可愛い子だなというのが第一印象でした。

あなたは、授業中によくふらっと教室を出ていき、校内をウロウロしている子でした。教室に戻るように促しても一向に戻らず、エンドレスの追いかけっこになってしまうので、諦めて別室で一緒に過ごすことにしました。

授業に出ないと勉強に遅れが出てしまい、あなたが困るだろうと思って、何とか一緒に勉強をやろうと試みましたが一切やりません。結局、将棋やオセロ、パズル、お絵描きなどをして一緒に過ごしました。

そんな中で、あなたは自分の意に沿わないと荒れて、暴言や脅しの言葉を私に投げつけたりすることが度々ありました。名前も「池田」と呼び捨てにされて、当時は支援員だから舐められているのかと思っていました。

その年、私はあなただけでなく、2年生のリュウ(仮名)さんも担当していました。
本当はあなたたちを2時間ずつクラスでサポートをすることになっていましたが、教室にいたくない二人は、教室を勝手に抜け出して、私があなたたちどちらかと過ごしている別室にやってきました。

一人と向き合うだけでも大変なのに、二人を同時に見るのは、正直とてもしんどかった。
たいていあなたたちはタッグを組んで、私を攻撃することに全力を注いでいました。二人が一緒になると言動はエスカレートして、それと比例するように私は疲弊していきましたが、それでもその状態の方がまだよかった。

どちらも、ゲームで一番になりたい、自分の思い通りにしたいという気持ちが強かったので、ひとたび喧嘩が始まると、手が出たり、物を投げたり。それを抑えるのが難しかった。
私一人で手に負えないときは、近くにいた先生に力を貸してもらったり、職員室にSOSを出しました。

次第に私は、学校に行くのが気が重くなっていきました。

その子は池田さんに出会えて幸せね

担任の先生方からの情報で、あなたやリュウさんの家庭環境が厳しいことを知りました。二人がそうした荒れた言動をせずにはいられないことを頭では理解しつつも、寛容になれない私がいました。あなたたちに本気で腹が立ったことも少なくありません。私も人間なので。

どう接すればいいのか。

週に一度しか会わない私に、何ができるのか。

親御さんにアプローチできない私に、何ができるのか。

悩み迷いながら向き合う日々が続きました。

当時、傾聴の練習場に通っていた私は、思わずカウンセラーの先生に愚痴をこぼしました。すると、先生は弱気になる私に「その子は池田さんに出会えて幸せね。一年後が楽しみね」と言って支えて下さいました。その時、私はそうは思えませんでしたが、その言葉は私の力になりました。

変化の兆しが現れる

そうしてあなたたちと過ごしていくうちに、いつからだったか、朝、あなたは職員玄関の前で私を待つようになりました。はじめは気のせいかと思いましたが、事務の担当者に「ショウさんは火曜日になると、朝、職員玄関のあたりをうろうろしている。池田さんのことを待っているんだと思う」と言われました。私に対する態度は相変わらずだったけれど、あなたのその変化に一筋の光を感じました。

それでも、なかなか関係性が進展していかない感じもありました。

傾聴の練習場で、聴き手の方に「彼がなかなか心を開いてくれない」とこぼすと、「心を開いていないのは誰なの?」と言われ、ハッとしました。「私は大人だから」「支援員だから」と、無意識のうちに自分を抑えていたことに気づきました。

一人の人間として、弱さや迷いをさらけ出す

ある日、あなたと二人で過ごしているときに、「池田先生はリュウの担任の先生のことばかり気にしてる。誰のために学校に来てるの?リュウのために来てるんでしょ?」
と言われてハッとしました。

「基礎の勉強ができないと、リュウさんが将来困るんじゃないかと思うから、担任の先生が出された課題を一緒にやろうとしている。でも、なかなか取り組もうとしないから色々試行錯誤している」
と話しました。

迷ってブレている私に向かってあなたは、
「勉強なんて他の先生に任せておいて、池田先生はリュウと向き合うことだけ考えればいいんだ」
と言い放ちました。ああ、その通りかもしれないと思いました。

一人の人間として、弱さや迷いをさらけ出してあなたと向き合った時、あなたとの心の距離が近づいた気がしました。

少しずつ心が通い始める

少しずつ心が通い始めたような実感が生まれた頃、何の前触れもなく、私が首に下げている名札のヒモを背後から強く引っ張られて、首を締められたことが何度かありました。苦しかったですが、本気で私を殺そうとはしていないと感じました。もちろん、苦しいからやめてほしいということは伝えました。

関係性ができてきたと思っていたのになぜ?

傾聴の練習場でお世話になっていたカウンセラーの先生に相談すると、「おそらく試し行動でしょう」と言われました。

「サッカーをやりたい」と言うあなたのリクエストに応えて、校長先生に許可を得て、誰もいない校庭で授業中に二人でサッカーもしました。サッカーが下手な私に、根気よく優しく教えてくれて、思い切り二人で笑い合いました。私にとって本当に楽しい時間でした。あなたにとっても同様の時間であったなら、こんなに嬉しいことはありません。

初めての手紙

2月、あなたは突然私に「今度の金曜日、学校に来てほしい」と言いました。あまりに熱心に言ってくるので、出勤日ではなかったけれど行こうと思いました。
何があるのかと思って担任の先生に聞いてみると、「改修工事中だった体育館が完成したので、落成式があります」とのことでした。

落成式の日、体育館の舞台上には、法被を着て生き生きと踊るあなたの姿がありました。笑顔で堂々と踊るあなたは輝いていました。眩しかった。
そんなあなたを見る喜びを感じる一方、あなたはこの姿を本当はお母さんに見て欲しかったのかもしれないと思いました。

感動した私は、落成式が終わった後にあなたに声をかけようと近づきました。すると、照れ臭かったのか、あなたはするりと逃げて私を近づかせなかった。結局、感想が言えないまま、その日は帰りました。

翌週、会ったときにようやく感想を伝えられたけれど、褒められて恥ずかしかったのか、あまり反応はありません。
その日、あなたと一緒にいるときに、私が仕事中に持ち歩いている手提げのバッグから荷物を出そうとしたら、何やら紙切れが入っていることに気づきました。

「らくせいしきにありがとうございました。」

あなたはシラを切りましたが、いつの間にか私のメモ帳に手紙を書いて、バッグにそっと入れたんだと分かりました。たった一言だったけれど、すごく嬉しかった。実はその手紙は、今でも大切にとってあります。

あなたへのラブレター

結局、最後まであなたとは勉強せず、遊んで過ごして終わりました。

年度末に、ふとあなたに何かをプレゼントしたくなり、手紙を書くことにしました。

あなたと過ごした日々のこと、私が感じたこと、そして一番伝えたかったありがとうと応援の気持ちを、心を込めて書きました。長いようで短かったような一年間のことが思い出され、書きながら涙が止まらなくなりました。

最終日の授業後、廊下であなたに手紙を渡し、「恥ずかしいから家に帰ってから読んでね」と伝えたら、あなたは面白がって、わざとその場で声に出して読み始めました。職員室に逃げ帰る私を音読したまま追いかけ、職員室の隣の校長室のソファにドンと座り、最後まで手紙を読み切りました。音読したらあなた自身も恥ずかしくなるようなラブレターだったんですけどね 笑。

そんなあなたを見た校長先生から、「こんなに嬉しそうなショウさんを見るのは初めてです。ありがとうございました」と言っていただきました。
そして、校長先生はあなたに向かって「こんな素敵な手紙をもらったのだから、ショウさんも手紙を書いたらどう?」と声をかけました。
「恥ずかしくてそんなの書けないよ」という返事が校長室から聞こえてきました。

そうだよね、そういうお年頃よね。

すると、校長室から顔を出したあなたは突然、「あの手紙、本当はぼくが書いたんだ」と私に言いました。

「うん、分かってたよ。どうもありがとう」

最終日のその日、私の仕事用の手提げバッグの中には、再び紙切れが入っていました。そこには、「一年間ありがとうございました。リュウより」と書かれていました。リュウさんは私が担当したもう一人の男の子。でも、筆跡からすぐにあなただと気づきました。きっと恥ずかしくて、自分の名前が書けなかったんだよね。

私は、カウンセラーの先生の「一年後が楽しみね」という言葉が現実になった喜びを心の底から味わいました。

いつの日かあなたに再会したい

次年度、私はあなたの担当から外れ、一緒に過ごせなくなりましたが、あなたは教室で過ごすようになりました。

校内で会って私が声をかけても、恥ずかしいのか、私に気づかないふりをするようになりました。私は淋しく思いながらも、自分の手を離れて元気に楽しそうにやっている姿を嬉しく見守っていました。

中学生になったあなたは、小学校の運動会に顔を出して、私たちは短い再会を果たしました。私より背が高くなったあなたを眩しい思いで見上げて、「何センチになったの?」と聞くと、少し照れながら「170センチ」と答えてくれました。

2年前の運動会では、中3になったはずのあなたを見つけられませんでした。校長先生づてに、あなたがあまり学校に行っていないという情報を得て心が痛みましたが、あなたならきっと大丈夫だと信じようと思いました。私には信じることしかできないので。

そんな中、その年に参加した講座で不思議な出会いがありました。その人は笑顔がとても印象的な青年でした。
その彼と講座の中でペアを組んで、話を聴く機会がありました。そして、彼が私の想像も及ばないようなとても厳しい家庭環境を生き抜いてきたことを知りました。話を聴かせていただいた後、ふとあなたのことが蘇り、あなたもこんなふうに素敵な青年になるのかなと思って嬉しくなりました。あなたと彼が重なって、希望を感じました。

いつかあなたと再会したいというのが私のささやかな夢です。と言いつつ、連絡先は分からないので、これで会えたらドラマよりすごいかも 笑。

私が支援員を辞めようと思ったのは、「もう十分に経験してお腹がいっぱい」という感覚が来たからです。正直、あなたとの一年以上の体験はもうないだろうと感じました。あなたのおかげで、1億円積まれても売りたくないと思うような素晴らしい体験をさせてもらいました。あなたと過ごした日々は、宝物として心の中に大切にしまってあります。

あなたに出会えてよかった。
どうもありがとう。

今までも、これからも、あなたのことをずっと応援しています。

大好きなあなたが、あなたらしく輝けますように。




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