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今日もあなたに会えて嬉しい

「今日もあなたに会えて嬉しいです」

これは私にとって、忘れられない魔法の言葉。

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以前、支援員として入っている小学校に、1年生の男の子が転入してきた。

いつもマスクをして、マスク越しの表情も硬く、心をギュッと閉ざして自分を守っているかのようだった。1年生とは思えない鋭い目つきに、大人の私も震え上がった。彼に微笑みかけると、「こっちを見るな」と怒られた。

今までどれほどの悲しい思いをしてきたのかと思わずにはいられなかった。いつか彼の笑顔が見てみたいと思った。
でも、関係性を作ろうにも、拒否反応が強くてアプローチが難しかった。

毎朝、彼に「〇〇くん、おはようございます」と挨拶をした。
そして、「今日も〇〇くんに会えて嬉しいです」と言い続けた。

はじめはそんな風に思えていなかったが、それでもいいと思った。気持ちはあとから付いてくるものだから。
少しずつ彼との距離が縮まっていき、次第に心からそう思うようになっていった。

彼は自分の気持ちを言葉にするのが苦手だった。いきなり手が出たり、相手を追いかけまわしたりした。
そこで、彼の気持ちを代弁するようにした。
なぜその言動をしたのかが相手に伝わりづらい場合は、彼の気持ちを汲み取って、「こういう気持ちで言った(した)のかな?」と代わりに言葉にした。また、彼にも、言葉にして伝えるように声かけをした。

「ありがとう」を言う場面を探して、彼に「ありがとう」を伝えた。

どうしたら彼と心を通い合わせることができるのか、彼本来の良さを引き出せるのか。担任の先生と一緒に、試行錯誤をしながらやってきた結果、彼の硬かった表情と反応が少しずつほどけていった。

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そんなある日、転機となる出来事が起こった。
いつも攻撃的だった彼が、初めてクラスメイトに優しさを見せた。彼の大きな変化を目の当たりにした担任の先生と私は、その変化に驚きながらも、素直に喜び合った。一度きっかけを得て外に出てきた内面の優しさは、その後も泉のようにこんこんと湧き出て来るようになった。

ふとしたときに、過去の痛みをぽつりぽつりと話してくれるようになった。「それは悲しかったね」と私が言うと、彼はこくんとうなづいた。


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休み時間に私が他の子どもたちと楽しく遊んで盛り上がっていたら、彼がいきなり私の前に立ちはだかり、「やっちゃダメ!」と言った。
どうしてなのかワケを聞こうとしても、「やっちゃダメ!」の一点張り。「困ったなぁ」と私がつぶやくと、彼はようやく「オレとお前で遊びたい」と言った。
それは、不器用な彼の精一杯の表現だった。私はその気持ちが嬉しかった。また、彼が自分の気持ちを言葉にして伝えてくれるようになったことに成長を感じた。


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彼は衝動性があって、自分のことをコントロールするのが難しかった。

ある日、大きな事故に繋がりかねないことを衝動的にしてしまった。幸い、相手にケガはなかったが、大きなケガになり得る危険な行為だったため、担任の先生は彼を厳しく注意した。その後、先生は、少し離れた場所で彼を見守りつつ、彼が一人でクールダウンする時間を取った。

すでに給食の時間になっていたため、先生は私に「給食の声かけをして、一緒に食べてください」と言った。
部屋にいくと、一人ポツンと床に座り、放心状態の彼がいた。
給食に誘うと、素直に「うん」と返事があった。
すでに十分叱られただろうと思った私は、
「大丈夫だよ、誰でも失敗してしまうことや間違ってしまうことはあるからね。大丈夫、大丈夫」
と背中をトントンしながら声かけをすると、彼は声をあげてワンワン泣き出した。
「大人だって失敗や間違いをしてしまうことがあるんだから。大丈夫、大丈夫」と、泣きじゃくる彼に言った。
そんな彼の姿に、「彼自身も、自分がやってしまったことに心痛めていたのだなぁ」と感じ、私ももらい泣きしそうになった。

今まで支援員をしている中で、成長とともに衝動性がおさまり、自分をコントロールできるようになっていく子どもたちを見てきた。きっと彼も、成長とともに少しずつ落ち着いてくるだろうと思った。

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学習発表会が近づいていた。
他の子どもたちは、発表会に向けて練習を積み重ねていた。

私は、練習に参加したがらない彼と別室で過ごした。
12時くらいになったところで、彼に「給食の準備する?」と聞かれたので、「そうだね。やり方、わかる?分からないから教えてほしいな」と答えると、彼は机をグループごとにくっつけて、配膳台を出した。
「机と配膳台を拭くのとストローを出す仕事がある」と教えてくれたので、「じゃあ、私は机と配膳台を拭くね」と言うと「じゃあ、オレはストローを出す」と言っててきぱき用意をし始めた。
彼は普段、給食準備を手伝わないのだが、きちんと準備の様子を見て把握していたことが分かった。給食準備が終わると、彼は「発表会の練習を見に行く」と言った。
担任の先生に「給食準備をしてくれてありがとう」とお礼を言われて、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。

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彼は、発表会の練習に少しずつ参加するようになった。

本番前、最後の練習を体育館で行なった。
彼と一緒に最後の練習に参加したかった私は、
「明日の本番、本当は見に行きたいんだけれども、別の仕事があって見られないから、今日〇〇くんがやるところを見せてほしいな」
とお願いした。
すると、籠に入ったポンポンを自ら持って、誰よりも早く体育館に移動した。
私たちは、それぞれ4つずつポンポンを持ってスタンバイし、二人でタイミングを合わせながらポンポンをパラバルーンに入れた。
通し練習の後、子どもたちは皆で振り返りをして、次はどこに気を付けるかを意見交換していた。
彼にも「私たちは何に気を付けたらいい?」と聞いてみたところ、「ポンポンは4つにする。舞台のはしに立つ。パラバルーンの真ん中に入れる」としっかり答えた。
私は、彼が一生懸命練習に取り組む姿を眩しい思いで見守った。


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ある日、彼が「もうすぐママの誕生日」と言っていたのを思い出し、
「もうすぐお母さんのお誕生日でしょう?紙に何か書いてお母さんにプレゼントしませんか?」
と提案した。すると、
「ママの誕生日は今日だよ。でも、紙がない」
と言うので、事務室に紙を取りに行こうと提案をしたが、「行かない」との返事だった。
あきらめきれなかった私は、時間を置いてから再度声かけをしてみた。すると、彼は自由帳を取り出して、「これに字を書く」と言った。
しばらく考えてから、お母さん宛のメッセージを書き出した。

「ケーキをたべようね。たべないなら、ゲームをしようね。おとうちゃんと〇〇でごちそうしてあげるよ」

短い文だったが、そこには大好きなお母さんに対する思いが、風船の中の空気のようにぱんぱんに詰まっていた。

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彼とようやく心通わせられるようになった頃、彼は転校していった。

それ以来、「今日もあなたに会えて嬉しいです」は、私にとって大切な言葉となった。


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先日、朝、教室に向かう途中、2年生の男の子に会った。
「ぼく、昨日用事があって休んだんだ」
「あら、そうだったのね。今日は会えてよかった。嬉しいです」
と伝えていたら、
それを聞いていた別の子が、
「ぼくも池田先生に会いたかったよー」
と流し場で手を洗いながら声をかけてきた。
なんて嬉しいことを言ってくれるの。
嬉しくて、泣きそうになる。

会いたい人がいて、その人に会えるって、なんて幸せなんだろう。
そんなささやかな幸せを感じられる私であることが、何よりも嬉しい。

今日もまた、私は会いたい子どもたちに会いに行く。

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