正岡子規『はて知らずの記』#20 八月六日 作並温泉→楯岡
(正岡子規の『はて知らずの記』を紹介しています)
奥羽山脈越え。歩く歩く歩く。夜まで。六日 晴。
山、深うして、
一歩は一歩より閑かに、
雲、近うして、
一目は一目より涼しげなり。
蝉の声、いつしか耳に遠く、
一鳥、朝日を負ふて
山より山に、啼きうつる、
樵夫の歌、かすかに、其奥に聞えたり。
さすがの広瀬川、細り細りて、
今は、盃をも浮かべつべき有様なるに、
処々に、白き滝の、緑樹を漏れたるも、
いとをかし。
九十九折なる谷道、
固より、人の住む家も見えず、
往来の商人