ラグビーW杯フランス大会 日本対アルゼンチン 「プランはあった。しかし、それは勝てるプランだったのだろうか?」
※マニアックな内容のため、関心のある方だけお読みください。
流のコメントにおぼえた違和感
アルゼンチンに負けた。
日本は決勝トーナメントに進出できなかった。
試合後の私の印象は「イングランド戦の二の舞を演じた」である。
イングランド戦をどう総括していたかと言えば「キックにこだわり、キックで負けた」だった。
イングランド戦後の選手のコメントで、私が気になっていたものがある。
スクラムハーフ流大のインタビューだ。
そこにうかがえるのは、勝敗よりもゲームプランの遂行する重視する姿勢である。
ゲームプラン至上主義と呼んでもよい。
他の選手のコメントも、「勝てるプランはあった。しかし相手がそれを上回った」という内容のものが多かったように思う。
私はこれに違和感をおぼえた。
イングランド戦に適用されたプランが、勝てるプランのようには見えなかったからだ。
もっとも、プラン、プランと言うが、何がプランだったかは、たとえ試合後であっても詳細に明かされるものではない。試合内容や選手のコメントから推測するのみである。
私が推測するに、そのプランは「自陣からは蹴ろう、蹴って敵陣に入ろう、蹴って相手に混乱を引き起こそう、そこには高いキックも含まれる」というようなものだったと思う。
流の言葉どおり、そのプランは前半の途中までは機能していた。しかし、それ以降は機能しなかった。機能しなかったどころか、プランにこだわったことがあだになり、自分たちで自分たちの首を絞めたようにも思われた。
選手たちはプランを信じて戦い切ったように見えるが、そのプランは果たして「勝てるプラン」だったのだろうか? コーチ陣は勝てるプランを選手たちに授けていたのだろうか? という疑問が私の中に生じた。
アルゼンチン戦の敗因は高いキック
同じことがアルゼンチン戦でも起きた、と思った。
ゲームを見終わった後、敗因はキックだという印象をもった。
そして、それはおそらくプランであったのだろう。
もう終わってしまったことだからどうでもよいと言えなくもないけれど、どうしても先の疑問――プランはあったが、それは勝てるプランだったのか?――が気になったので試合を見返してみた。
そして私が出した結論は、次である。
日本の得点に結びついた高いキックは1つも無かった。
一方、失点に結びついた高いキックは3個あった(トライ2個・PG1個)。
その内訳は以下に述べる。
なお、ここで問題にしたいのは「高いキック」である。すべてのキックではない。
例えば、防御の裏に出るための短いキックや前に転がすキックの多くは効果的だったと思う。
また、高いキックが敗因だとしても、そのどの部分に問題あったかについては複数のことが考えられる。
①キッカーの判断に問題があったのか、②キックの実行に問題があったのか、③キックをチェイスする選手に問題があったのか、④そもそも蹴らざるを得ない状況に追い込まれていたことが問題だったのか、あるいはこれらの組合せなのか。
それを分析する能力は私にはない。
ここでは高いキックから失点が生じたという事実を、現象面から確認するのみである。
高いキックで失った13~17点
アルゼンチンは39点をあげた。
日本は27点をあげた。
フルタイムの得点差は12点であった。
アルゼンチンの得点の内訳は次のとおりである。
日本の内訳は次の通りである。
勝敗を分けたのは2個分のトライであったと言えよう。
これを、どうして自陣に侵入されたのか? という観点から眺めてみよう。
アルゼンチンがあげた5トライのうち、日本の高いキックが原因で自陣に侵入されたものがあるだろうか。
2つある。以下の★印をつけたものだ。
前半28分 Mateo Carrerasのトライ
この時間帯に日本は14人であった。
日本はアルゼンチン陣でドロップゴールを試みた。しかし相手にチャージダウンされた。ルースボールを、松島が日本陣に戻って確保した。そして、松島がハーフウェイ線付近から高いキックを上げた。アンストラクチャーのため自分でチェイスする。球がアルゼンチン陣10メートル線の先に落下してゆく。これをアルゼンチンの選手が単独で捕球する。チェイスした松島は落下地点よりも遠くに行き過ぎて、まったく圧力にならなかった。日本は近場にいた9番と3番(?)が慌てて相手を止めようとするが、すり抜けられる。日本は自陣に侵入された。そしてあっという間にトライを奪われた。
動画で確認されたい方は、そのうち削除されるだろうが、TVerにあがっている。
後半68分 Mateo Carrerasのトライ
アルゼンチンがリスタートキックを蹴った。日本は日本陣22メートル内で捕球した。これを後ろに下げて松田が高いキックを上げる。球は日本陣10メートル線にも達しない所に落下してくる。23番ナイカブラが競るが、明らかに高さで負けている。アルゼンチンの13番が捕球した。日本は自陣に侵入された。アルゼンチンは継続してアドバンテージを得る。日本はトライを奪われた。
前半28分は、敵陣の浅い位置に打ち上げた高いキックを相手にノープレッシャーで捕球され、一気にトライを奪われたケースである。
後半68分は、自陣内に高いキックを上げたが、体格の大きな相手に競り負けて苦境に陥ったケースである。もしかすると、こちらはミスキックだったのかもしれない。
仮にこれら2トライが無かったとすれば、アルゼンチンの得点は10~14点の幅で減っていたことになる。
なお日本はと言うと3トライをあげたが、その中に日本の高いキックから生まれたものはひとつもない。
(ちなみに前半16分にファカタヴァがトライした際、自分で蹴った球を再獲得しているが、あれは高いキックではない。)
ゴールキックについても見てみよう。
アルゼンチンの2PGのうち、日本の高いキックが原因で自陣に侵入されたものがあるだろうか。
1つある。★印をつけたものだ。
後半75分 Nicolas Sanchezのペナルティゴール
この場面で日本は2回、高いキックを蹴っている。
アルゼンチン陣22メートル線付近でのアルゼンチンボールのスクラムから始まる。スクラムから出たボールをアルゼンチン15番がロングキックする。
球が日本陣22メートル線に落下してくる。山中が捕球して、日本陣22メートル線の先から高いキックを上げる。
球がアルゼンチン陣10メートル線に落下してくる。日本は11番フィフィタがチェイスしたが、あまりに緩い。この時間帯だからもう走れなかったのか、まったく間に合っていない。アルゼンチン15番が捕球する。何の圧力も受けないままハーフウェイ線そばまでランする。
アルゼンチンは一度アルゼンチン陣10メートル線まで下げて、高いキックを蹴る。
球が日本陣10メートル線を越えた位置に落下してくる。日本は23番ナイカブラが捕球するが、アルゼンチン3選手がチェイスして来た。包囲され、その場に停滞させられる。日本は継続するが、後ろに下げて松田が高いキックを上げる。
球はアルゼンチン陣10メートル線に落下してくる。日本はライリーがチェイスするが、遅い。これに対してアルゼンチン側は4人もいる。そのうちの15番が捕球して、日本陣10メートル線手前まで楽々とランでゲインする。日本は自陣に侵入された。アルゼンチンはパスをつなぐ。日本がノーボールタックルの反則を犯す。アドバンテージが出る。アルゼンチンはPKの権利を得た。
一連の流れの中で日本は2回、浅めに高いキックを上げるが、いずれも相手にノープレッシャーで捕球され、そのままランでゲインされているのである。
アルゼンチンも高いキックを1度上げているが、そのときは相手レシーバーを3人で包囲して、その場に停滞させることに成功している。
日本は残り10分を切って9点を追いかける身であるから、再獲得に賭けるキックを蹴るしかなかったのかもしれないが、その結果は追加失点であった。
このPGが無ければ、アルゼンチンの得点は3点少なかった。先ほどのトライ2個分と合わせれば、13~17点少なかったことになる。試合終了時の得点差は12点である。つまり、上にあげた3つ(厳密には4つ)の日本の高いキックが無ければ、日本は1~5点差で勝っていたのである。
なお日本は1PG・1DGをあげたが、どちらにも高いキックは寄与していない。
高いキックはプランだったのか?
次に、高いキックを蹴ることはプランの一部だったのかという点について述べたい。
これは推測するしかないが、私は、自陣から高いキックで前進を図ることは日本のプランの一部だったと考える。
なぜなら、そのようなプランによる方向づけが無かったとすれば、前半28分のトライを奪われた場面で、松島のような経験豊富な選手があのような危険度の高いキックを蹴るとは思えないからである。
また、試合後のインタビューでプロップの稲垣啓太が次のように発言している。
敗因について率直に語っている。はっきりとはしないが、高いキックを蹴って相手と競ることがプランの一部だったようにも聞こえる。
プランは完成していなかった、あるいは、有効性を失っていた
以上のことから私は、アルゼンチン戦の敗因は、自分たちで蹴った高いキックにほかならないと確信している。
そして積極的に高いキックを蹴ることは、チーム内で「是」とされていたのだろうと推測する。それはプランに沿ったことだからだ(おそらく)。
しかしそのプランが、イングランドやアルゼンチンのようなチームに対しても効果を発揮する完成したプランだったかどうかは疑問である。なぜなら、球の落下地点の様子から見て、コンテストに勝てるような準備がなされていたとは到底思えないからである。日本が蹴る高いキックは、相手のミスに期待するだけの分の悪いギャンブルのように私の眼には映った。リーチマイケルは「コインの感じで、どっち行くか分からない状況」と表現していたが、高いキックに関して、それは等しい確率でのコイントスだっただろうか。特定の面が出やすいコインを放ったのではなかったか。
「とにかく自分たちのやって来たことを信じてゲームプランを遂行しよう」「点数とかゲームの結果を気にするんじゃなくて」
流のコメントが思い出される。高いキックが引き起こした失点を計算してみれば、プランに固執することが、日本を負けへと誘い込んだとも言えそうなのである。
日本のコーチ陣は、上に挙げた3つの場面をどのように評価しているのだろうか? 私は記者の誰かに訊いてみて欲しいと思う。
最後に、これは根拠の無い推測であるが、日本のプランは、セミシ・マシレワの存在を前提にした〝マシレワありき〟のプランだったのではないか。そのマシレワはイングランド戦の前半5分に右太ももを押さえて去ってしまった。もしかしたらその時点で、必要条件を欠いた日本のプランは「勝てるプラン」ではなくなっていたのかもしれない……と勝手な想像を巡らせている。
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