ラグビーW杯フランス大会 頭部コンタクト時のイエローカードとレッドカードの見分け方
※マニアックな内容のため、関心のある方だけお読みください。
ラグビーワールドカップのフランス大会が開催されている。
その中で、選手の頭部に衝突した場合のカード判定が注目されている。
イエローカードなのか、レッドカードなのか。
レッドカードは試合を潰す。とりわけ前半早々に出た場合には。(それでも勝ってしまったイングランドという稀有な事例を目にしたばかりではあるのだが。)
カードの色は、この先ノックアウトステージに入れば、ますます重みを増して来るであろう。
しかし漫然と「赤だ、黄色だ」と主観を述べたところで、むなしいだけである。
そこで、ノックアウトステージが始まる前に、頭部へのコンタクトが発生した際にカードが出るパターンについて整理しておきたい。
◇◇◇
カードについて、そもそも競技規則には、どのように書かれているのだろうか。
「9 不正なプレー」を参照する。
「不正なプレー」の英語は「Foul play」である。これは5種類からなる。
・妨害(Obstruction)
・不当なプレー(Unfair play)
・反則を繰り返すこと(Repeated infringements)
・危険なプレー(Dangerous play)
・不行跡(Misconduct)
「原則」のとおり、カードが出る前提は「不正なプレー」が行われることである。
それではカードについては、どのように書かれているか。
次のとおりである。
ご覧のとおり、どのような場合にイエローになるのか、あるいはレッドになるのかについて、競技規則には書かれていない。
◇
以降は、「頭部へのコンタクト」に焦点を絞る。
これに関しては、2023年3月9日付で「頭部へのコンタクトの対処手順(Head Contact Process)」なるガイドラインがワールドラグビーから示されている。
「このガイドラインの完全なPDF版」なるファイルが掲載されているので、これを読解していこう。
言及されている「競技規則9.11」とは何か。次である。
これ自体は包括的な内容であるから、あまり参考にはならない。
ここから詳細に入る。
対象となるプレーは限定されている。
「プレーヤーの動き」に着目するのだと言う。
◇
対処手順の具体的なフローは下図のとおりである。
つまり、4つの質問にかけるということだ。
これには頸や喉を含む。
考慮すべき事項として、以下が挙げられている。
・故意
・無謀
・避けられた
競技規則においてカードの対象は「不正なプレー」とされているから、それを確かめる。
危険度(degree of danger)は「高」「中」「低」の3段階で判定するらしい。
考慮すべき事項として、以下が挙げられている。
・直接的コンタクトか、間接的コンタクトか
・強い力か、弱い力か
・動的か
「軽減要因」は英語で「mitigation」である。
考慮すべき事項として、以下が挙げられている。
・視線
・急に大きく体を低くしたり動かしたりしていたかどうか
・明らかに高さを変えようとしていたかどうか
・コントロールの度合い
・タックラーが受動的だった
なお、
とのことであるが、「常に違法な不正なプレー行為」とは何であるかを私は知らない。
◇
質問1及び2は比較的、判定しやすいであろう。
問題は「危険度」と「軽減要因」だ。これらの決定には、多分に〝判断〟の要素が含まれるであろう。
「軽減要因」に関しては、次のような補足説明がある。
ちなみに「受動的」とは、
とのことである。
「プレーヤーの動き」に着目すると総論にあったが、これらがそれであろう。ボールキャリアーの、タックラーの、他のプレーヤーの「動き」から、軽減要因を検討するのである。
ちなみに、「故意がない」ことは軽減要因にならない点に注意しよう。
以上をまとめよう。
「頭部へのコンタクトの対処手順」に基づいてカードが出るパターンは次のとおりである。
まず以下の2点は前提だ。
その上で、次のように分かれる。
レッドになるのは1パターンだけなのである。
すなわち、危険度が高く、軽減要因も無いと判定された場合である。
◇
最後に、今大会の実例を検証してみよう。
これを書いている時点は、プール戦第3ラウンドの「アルゼンチン対サモア」終了後である。
これまでにレッドカードは4枚出ている。
1枚目 イングランドのトム・カリー
アルゼンチン戦、前半3分の出来事である。
ハイパントのレシーブで、頭部と頭部が衝突した。
〝プレーヤーの動き〟に軽減要因があるかと言われれば、無いように見える。
ちなみにワールドラグビーの独立規律委員会による懲戒処分の履歴がウェブサイトに掲載されている。詳細な文書(英語)も公開されているので、ご興味のある方は覗いてみられるとよいだろう。
2枚目 ニュージーランドのイーサン・デグルート
ナミビア戦、後半72分の出来事である。
ダブルタックルの2人目という、よくあるパターンである。
これも、〝プレーヤーの動き〟に軽減要因があるかと言われれば、無いように見える。
会見で、ニュージーランドのヘッドコーチのイアン・フォスターは、「肩と肩」だと反論していた。もし当たったのが相手の「肩」なら、ガイドラインは適用されない。
その後の独立規律委員会でニュージーランド側は、一次的に肩に当たり、二次的に頭部に当たったと主張した。しかし同委員会は頭部への接触は一次的だったと結論した。
3枚目 ポルトガルのヴィンセント・ピント
ウェールズ戦、後半77分の出来事である。
キックのレシーブ時に、なぜか片足を高くあげて、スパイクが相手の顔面に入った。
これは、足と頭部の衝突である。
足と頭部の衝突は、「頭部へのコンタクトの対処手順」の対象に含まれていない。
独立規律委員会のドキュメントを流し読みしてみたが、同手順のフローは適用されなかったようである。
ちなみに、このプレーは「故意」とは認定されなかった。
4枚目 ナミビアのJohan Deysel
フランス戦、後半45分の出来事である。
ダブルタックルの2人目である。
このプレーにより、フランスのアントワーヌ・デュポンは頬骨を骨折した。これは危険度の決定の際に考慮されるだろう。
危険度は高く、プレーヤーの動きに軽減要因があるかと言われれば、無いように見える。
9月23日に独立規律委員会の公聴会が開かれるとのことだ。
◇
最後に、疑惑が持ち上がっている判定を挙げておこう。
なぜレッドではないのか? という疑惑である。
フランスのロマン・タオフィフェヌア
ウルグアイ戦、前半26分の出来事である。
ダブルタックルの2人目である。
これはイエローカードに決定した。
レフリーのベン・オキーフ(ニュージーランド)がチームに説明する声を聞く限り、「プレーヤーが姿勢を低くした」ことが軽減要因に当たると判断されたようだ。
しかし、ボールキャリアーとタックラー2名。この中に姿勢を低くしたプレーヤーがいるであろうか?
前半26分である。
オフィシャル陣が開催国に忖度することはないだろうが、もしもレッドカードだったなら、フランスは苦境に陥っていただろう。
この試合はフランスが27-12で勝利した。
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