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もしも高校倫理の先生がアリストテレスだったら。②『ニコマコス倫理学(下)』

今回のテーマ=人間らしく生きることがなぜ幸福なのか

アリストテレス「皆さんこんにちは。前回の授業では人間らしい生き方、すなわち倫理的で知的な生き方こそが幸福であるという話をしました。今回は人間らしく生きることがなぜ幸福なのかというテーマで授業をします。よろしくお願いします。」

生徒一同「よろしくお願いします。」

快楽と活動について

アリストテレス「倫理的で知的な人間らしい生き方がなぜ幸福なのかを理解するには、まず快楽とは何かを理解していただく必要があります。

生徒D「快楽ですか…なんか倫理的で知的ってのと真逆なイメージなんですけど…」

アリストテレス「分かりますよ。多くの人にとって快楽という言葉は食欲や性欲など本能的欲求の充足とセットになっているでしょう。だから快楽という言葉にあまり良いイメージが無いんです。」

生徒D「そうです。それに食欲や性欲の赴くままに生きてたら人間はダメになっちゃうじゃないですか。」

アリストテレス「その通りです。本能的欲求の充足から得られる快楽ばかりを追求する生き方は動物のそれです。人間らしくありません。ただ、快楽それ自体が悪いというわけではありません。」

生徒D「快楽それ自体が悪いわけでは無い…もう少し詳しくお願いします。」

アリストテレス「まず、多くの人が誤解していますが快楽とセットになる言葉は欲求ではなく活動です。人間のあらゆる活動には快楽が伴います。そして人間はより強い快楽を得られる活動を選択する傾向があります。

生徒D「勉強しようと机に向かったのに、ついついスマホを見始めてしまうような感じでしょうか?」

アリストテレス「まさにその感覚です。勉強して得られる快楽よりスマホを見て得られる快楽の方が強ければ勉強しようとしてもスマホを見てしまいます。しかし、逆ならどうでしょう?」

生徒D「スマホを見るより勉強する方が強い快楽を得られる人がいれば、その人は勉強をするでしょうね。」

アリストテレス「さらにDさんに質問です。勉強とスマホのどちらに強い快楽を感じる人の方が将来よい人間になると思いますか?」

生徒D「勉強に強い快楽を感じる人だと思います。」

アリストテレス「これでお分かりですね。快楽は人間のあらゆる活動に伴います。しかし、どんな活動から得られる快楽を強いと感じるかは人それぞれなのです。ゆえに、善い活動から強い快楽を得られるようになることが幸福への道というわけです。」

善い活動で善い人間に

生徒E「先生、善い活動とは具体的にどんな活動の事でしょうか?」

アリストテレス「善い活動とは、倫理的である(=精神的にバランスの取れた状態)ことを目標として理性によって適切に考え出された活動のことです。具体的な活動内容はその人の理性によります。」

生徒E「なるほど、では仮に私の理性が倫理的であることを目指して食事を腹八分目に抑えるという活動を選択したとします。しかし先生、私はどう考えてもお腹一杯ご飯を食べる方が快適で幸せだと思うんです。このあたりのことはどうお考えですか?」

アリストテレス「Eさんが言いたいのはつまり、快楽という視点で考えると倫理的であることと幸福であることが矛盾するのではないかということですね?」

生徒E「そうです。先ほどの勉強とスマホの例だってガリガリ勉強するよりスマホ見てコーヒーでも飲んでる方がやっぱり幸せだと思うんです。」

アリストテレス「そうですね…例えば超絶技巧のロックバンドがいたとします。音楽をやっている聴き手と、そうでない聴き手がいたとして、彼らのすごさをより理解できるのはどちらの聴き手だと思いますか?」

生徒E「音楽をやっている聴き手だと思います。自分もやっている分、技術の高さが分かるから。」

アリストテレス「そうです。つまり、善い活動から快楽を感じるためには善い人間でなくてはなりません。そして、善い人間になるためには善い活動を積み重ねていく必要があります。

生徒E「最初はお腹いっぱいご飯食べたり、勉強せずにスマホいじってたりする方が幸せ。だけど、腹八分目にしたり、スマホ我慢して勉強したりすることを繰り返すことでそっちの方が人間的らしくて幸せなんだと思うように自分が変わっていく。その変化が【善い人間になる】ってこと…こんな理解で合ってますか?」

アリストテレス「その通りです!あなた方それぞれが自分にとっての善い活動を考え、生活の中で実行し習慣化すれば善い快楽に包まれた幸福な人生を送ることができると私は信じているんです。さて、そろそろ時間ですね。また機会があればお会いしましょう。ありがとうございました。」

生徒一同「ありがとうございました。」

参考文献
高田三郎訳『アリストテレス ニコマコス倫理学(下)』1973年 岩波書店

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