見出し画像

書評:『デミアン』ヘルマン・ヘッセ

①紹介

ドイツの小説家ヘルマン・ヘッセによる『デミアン』(高橋健二訳、新潮文庫、2007年)を紹介します。第一次世界大戦の敗戦国ドイツ。その若者たちの内面に巣食う喪失感をテーマに書かれた本書は、自己探求の意義とそれに至る葛藤を読者の心に深く刻みつけるものでしょう。

②考察

・「すべての人間の生活は、自己自身への道であり、一つの道の試みであり、一つのささやかな道の暗示である」
→ヘッセが主人公シンクレールに仮託し、過去を振り返り至った考えか。生きてるうえで欠かせない仕事や趣味、人間的な営みはすべて自己を形作るものだろう。その蓄積が当人をどんな未来へ導くのかもある程度わかるに違いない。

・「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」
→デミアンがシンクレールに宛てた手紙の中の文章。アプラクサスとは、グノーシス主義の文献に登場する神のような者で、この思想は後に正統なキリスト教界から異端視された。秩序から逸脱した異質な存在(悪魔)への憧れを読者に抱かせる漫画『チェンソーマン』(藤本タツキ、集英社、2019年~)の世界観に通ずるものがある。

・「いまやだれもが大きな車輪にまきこまれるだろう」
→デミアンが戦争の勃発を予言。私たちがいま経験している戦争や天変地異、金融危機もある意味「車輪」だが、一番厄介なのは資本主義体制だろう。本書が著された1919年当時のドイツの社会と今の日本のそれを覆う閉塞感はどこか似ている。労働力の商品化によって誰もが心をすり潰され、地から足が浮いたまま着地点を見出せぬままどこかを漂流していると言っても過言ではない。私たちはどこから来て、どこへ行くのだろうか。

③総合

デミアンは独立した人間ではなく、シンクレールが不良男の呪縛から自分を救おうと無意識に思い描いた偶像だろう。シンクレールのように、苦難に心が折れて絶望に打ちひしがれた者が内面の悪魔と契約を交わし、京楽的になるケースが現実にも見られる。自己や世界との闘争を終えるために絶対的な存在に身を委ねて酔う。教祖への帰依を信者に誓わせる異端の宗教はまさにこの典型例ではないか。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?