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書評:『服従』M.ウエルベック

①紹介

たまには小説を読むのも悪くない。そう思って今回、フランスの作家ミシェル・ウエルベックの『服従』(大塚桃訳、河出文庫、2017年)を読んだので紹介します。2022年のフランス大統領選に勝利したのはイスラーム政党!?キリスト教的西欧の廃れを前に主人公の「ぼく」が下した決断は?恐ろしいほどに現実味がある社会派小説です。

②考察

・「イスラームは世界を受け入れた」
→「ぼく」より先にイスラーム教に改宗したルディジェ教授の一言。ここからは、世界に受け入れられたいというイスラームの狙いが垣間見える。自ら世界を受け入れる=世界に服従することで、相手側(世界)が屈するのをずっと待ち続けたのだろう。本来なら緊張を以て伝えられなければならないが、西欧は感情に流されて為す術なくイスラームに「溶かされて」しまったようだ。

・「吐き気を催すような解体がここまで進んでしまった西欧の社会は、自分で自分を救う状態にはもうないのだ」
→イスラーム政党が極右政党を破って政権を握ったことにより、フランス社会は『コーラン』と一夫多妻制を受け入れた。「ぼく」はカトリック信者としての自分が消えてしまう前に上の思いを吐露。諦観することのできる人は、実は自分が時代の過渡期にいることをよく把握しているのではないか。

・「『アッラー以外に神はなく、ムハンマドはアッラーの使者であることをわたしは証する』そして、それで儀式は終わり、ぼくはイスラーム教徒になるのだ」
→パリの大学で教鞭をとっていた「ぼく」はイスラーム政権の誕生により、自分が非ムスリムであることを理由に職を失う。それまで政治には無関心で作家ユイスマンスと恋人が心の拠り所だった彼は、教壇に再び立つために改宗を決意した。彼はこれを「第二の人生」と呼んでいるが、裏で己の弱さや不満を信仰という仮面で覆い隠しながら、重い体を引きずっているような感覚を抱かずにいられない。

③総合

最初はフランス国民の内面、次に国家や社会の隅々にまでイスラーム主義が入り込み、やがてヨーロッパを一つの色に染め上げていく様は、まさに「全体主義的」と形容する他ないだろう。政治の舞台に宗教が上がるとき、その前では人間はこうも簡単に思考を捨てて付き従ってしまうのか。これがイスラーム教にとっての「平和」=世界征服を意味するのだから本当に皮肉でしかない。

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