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スピノザとティール、そして、ありえたかもしれない近代 <番外編②>サイバネティクスと「組織のエチカ」

前回は、スピノザの「賢者」を題材に、「分人」や「アバター」、そして、「マルチバースト」など大脱線を試みたので、「番外編」としました。今回は、サイバネティクスやオートポイエーシスというシステム論を使って、組織のエチカ、つまり、組織のあり方の本質とは何かを追求していこうと思います。今回もテキストである『はじめてのスピノザ』からはずっと外れた内容になるので、<番外編②>としました。

ところで、なぜ、いきなりシステム論かといいますと、ティール組織における「セルフマネジメント」と、スピノザのいう「コナトゥス」が、ともに恒常性を保つという文脈で、サイバネティクス、つまり、システムにおける情報の管理と制御という目的に合致することに気付いたからです。

ラルー氏は、「セルフマネジメント」は、「自己修復」あるいは「自己修正」する機能(Self-correcting systems)によって維持管理されるシステムであると言います。それについて言及した箇所を、「もし、組織を機械ではなく、生き物として捉えると、その生き物の周りにあるのは、絶え間なく変化し続けている環境です。太陽の高度は季節で変わり、それによって温度が変わります。温度が変われば食物連鎖も影響を受けます。つまり、すべては常に変化しているのです。(中略)私たちが目標とするゴールは、何らかの緊張を感じたらすぐに、常にきちんと自己修正できるよう生命システムを維持しておくことです。(中略)つまり、チームに問題が発生した場合、その問題に介入して修正しようとするマネージャーが活躍するのではなく、チーム自体が、機能していない箇所を見つけ出し、すぐに適応することが望ましいのです 。「Insight for journey」から引用してみましょう。

もし、組織を機械ではなく、生き物として捉えると、その生き物の周りにあるのは、絶え間なく変化し続けている環境です。太陽の高度は季節で変わり、それによって温度が変わります。温度が変われば食物連鎖も影響を受けます。つまり、すべては常に変化しているのです。(中略)私たちが目標とするゴールは、何らかの緊張を感じたらすぐに、常にきちんと自己修正できるよう生命システムを維持しておくことです。(中略)つまり、チームに問題が発生した場合、その問題に介入して修正しようとするマネージャーが活躍するのではなく、チーム自体が、機能していない箇所を見つけ出し、すぐに適応することが望ましいのです 。

Frederic Laloux 『Insight for journey』

また、「自己修復」の実際の動きに関しては、体温を維持するための「フィードバック」といったサイバネティクスの考えを紹介しています。

一般的には、「自己修復」の過程から、直接的なフィードバックを得ることができます。それには3つの要素があります。1つ目は、チームが健康であるかどうかを計る一種の基準の存在です。再度、体温を比喩として例に出しますが、通常健康な人の体温は36〜37度です。つまり、チームにとって、何が健康で、何が良い仕事であるかという感覚が必要になってきます。2つ目は、「定期的かつ継続的に、フィードバックを取得する仕組み」です。つまり、私の体の中の何かが私の温度が何度であるか、常に監視しています。

Frederic Laloux 『Insight for journey』

つまり、「セルフマネジメント」という、自律的機能を維持するために、「自己修復」という、一種の免疫機能、いうなれば、「維持する力」が働くのです。

スピノザの「コナトゥス」も、「個体を今ある状態に維持しようとして働く力のこと」でしたね。そして、その特定の状態とは、そのものの持つ本来の状態、つまり、それが「本質」であり、「エチカ」でした。

ここに一冊の本があります。山下和也の『オートポイエーシスの倫理』がそれです。自己組織化しながら維持・活動する組織の「エチカ」のことが書かれています。この本の中でスピノザの名前は一度も出てきませんが、スピノザの「エチカ」の理解が前提になって、初めて読み切ることができました。

この本に入る前に、先に「サイバネティクス」を押さえておかなければなりません。20世紀初頭、ノーバート・ウイナーによって提唱された理論です。電気信号や情報を管理制御する、一種のシステム論のことです。我々が普段何気なく使っている「フィードバック」という言葉は、サイバネティクス特有の言葉ですが、それほど、我々の普段の生活や活動の中に浸透している理論でもあります。例えば、コーチングの世界において、褒めることをポジティブ・フィードバックと呼びます。逆に修正を提案する場合は、その行為をネガティブ・フィードバックと呼びます。会社組織は従業員を管理・制御するさい、その理論を活用しているというわけです。

先ほどの体温の維持といった恒常システムの維持や、エントロピーの管理・制御といった仕組みをサイバネティクスの第一世代と呼びます。自己言及システムである第二世代を経て、オートポイエーシス・システムは第三世代システムと呼ばれます。再帰的な生成プロセス自体を目的として、システムの構成要素を産出し、かつ、その循環プロセスは、外部環境から隔絶し、閉域を構成します。ヒトはヒトを再生産しますから、オートポイエーシス・システムと呼ぶことができます。会社組織も、人の関係性を構成素として生成されたオートポイエーシス・システムです。自己組織化プロセスの中で再生産できるシステムは基本的にすべてオートポイエーシス・システムです。オートポイエーシス・システム以外のシステムをアロポイエーシス・システムと呼びます。アロポイエーシス・システムを説明する際によく用いられる例えが、工場と自動車の関係です。工場は自動車を作ることはできますが、自動車は工場を作り出すことはできません。ゆえに、自動車はアロポイエーシス・システムである、という具合にです。

随分前置きが長くなりましたが、ここからが今回の結論のパートです。つまり、山下和也は、「組織のエチカ」をいかに定義しているかということです。

まず山下は、「倫理」のことを、「べし」「べからず」をいかに基礎付けるかという学問であると定義付けています。

その上で、オートポイエーシス・システムの特徴を以下のように定義しています。

①    すべてのオートポイエーシス・システムは、自らの自律的動作を目指している。しかし、システムそのものには、存在し続けなければならない客観的理由があるわけではない。存続している限り、存続する「べき」であるが、自律的に作動しているということは、盲目的に作動しているだけである。
②    利益というのはそのオートポイエーシス・システムにとって価値がある場合にのみ利益となる。

私は、これが、組織にとっても、そして人間にとっても、両者にとっての「エチカ」つまり、本質であると思います。

人間も組織も、何気なくその存続を、つまり、今日生きているということは、明日が来ることを前提に生きています。そして、環世界やゲシュタルトなどとも関わってくるのですが、外界における、自分にとって価値のあるものにしか価値づけすることができません。企業組織にとっては、利益活動以外は有益な活動とみなされないということです。

SDGs事業に取り組む企業の90%は事業目標を達成できないと言われています。SDGs事業などの環境事業を他の収益事業と同列に扱い、利益が出るかどうかで事業実施を判断すれば、環境負荷に対するKPIが達成できないというのは自明のような気がします。これが、「価値がある場合にのみ利益となる」という企業の本質なのです。

今回は、ティール組織とスピノザをシステム論に拡げて捉え直し、そして、システム論から、組織一般の倫理(エチカ)を求めるということをやってみました。

組織の倫理に関しては、組織自体が自己組織化を重ねることで増強され、やがて組織そのものが散逸する(エントロピーの増大)様を次回以降で触れていきたいと思います。組織のエチカも、エコロジカルな生命体としてのティールのエチカである「循環」の一部にすぎないということです。そして、究極的には、スピノザのいう、「私たちは『神』という実態の変状」であるということに集約されるのです。


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