秘蜜【詩】

 わたしはそっとピンクのブラジャーを付けた。外からも鏡からも、どこからも視られないように気を付けながら。ブラジャーのピンクは母親の胎盤の色。お母さんから溢れる無償のホスピタリティーの色。本当はこのままの姿で玄関をでて、なに食わぬ顔で背筋を伸ばして雑踏を踏みたい気もしたけれど、とりあえずその気持ちには気づいていないフリをしておいた。 それからわたしは、だれも読まない、私も読まない日記を書いた。色の薄いペンを歩かせた、改行だらけの余白ばかりのページができあがる。いつの日かノートを閉じた紙と紙の間で、意味のあるものがこっそりと出来あがるのかもしれない。未来の季節に。 




 それから何年も何年も経った後、わたしは1人の部屋に花を飾ることを覚えた。花言葉が不吉なかわいらしい花を寝床に飾って毎日一緒に眠っている。幸せな言葉が似合う花は枯れていくのを見るのがこわくなってしまうから、不幸な言葉が似合う花がいい。 こんな季節に咲くなんて、おっかしいよねわたしたち。「期待はずれ」だと言われるのも無理はない。記憶のなかのあの人が寄越してくれた期待に外れたかった訳ではないのに。期待どおりかそれ以上に生きてみたかった。 こんな場所で咲くなんて、かっわいいよね?わたしたち。だからもう幼い夜更かしはやめて、早く寝て早く起きよう。もう花もわたしも、お互いに世界の終わりは見飽きてしまった。 知ってた?晴れた日の朝にカーテンを開くだけで、しあわせが生まれてすべてに拡がるんだよ。この身体に。だから今日のはじまりだけを、眩ゆい朝陽だけを、繰り返し見続けよう。何度も何度も、飽き飽きしながらずーっと一緒に。私は記憶のなかだけのあの恋を忘れてしまっても、この花の名前だけは絶対に忘れないと、今心に刻んだ。 今この瞬間だけだとしても、心の一番深い場所で誓った。


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