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Tiramisù

 調理実習で作った、1番下の薄い層のスポンジに洋酒がじゅわっと染み込んだティラミス。制服で食した制服に似合わない味。口の中で小さなダマとなったスポンジの粒子が混ざるクリームは他にはない絶妙な感触がして、その粒子は口中のツボをやさしく押してから食道へと消え去る。甘ったるいのにすぐ泡としてほどけ、無くなってしまうのだ。間を置いた後の軽い胃もたれだけが、すぐにでも忘れ去られそうなその甘い儚さを少しでも補おうと奮闘する。白いクリームという舞台の上でのみ、深く輝く雪となるココアパウダーは、口に運ぶ瞬間にはもうその役割を果たし終えている。だからこそ、お菓子づくりで1番乙女チックな瞬間は、最後の粉糖やココアパウダーを振りかける工程だ。そんな些細な乙女の瞬間を取り零さずに楽しめるような、純な少女を腐らせず大切にしていきたい。
 私はショーケースの中でフルーツタルトの横に行儀良く鎮座している、綺麗に真四角なティラミスがすきではない。コストコで売っている広く大きい業務用ティラミスを、大きい銀のスプーンで適当にすくって適当に皿に乗せたものがすき。決して角張ってなどいない、甘美に崩れたティラミス。既にクリームとスポンジが、境界線を保つことを諦めたかのように怠惰にぐちゃついているその様は何処か卑猥だ。自身の魅力を完全に理解しているその容態の、なんともあざとく成熟したティラミスにこそ、私は苦味を含む洋酒の風味を感じたいのだ。

 口の中ですぐにほどけて泡となり、甘く消え去る儚さ。どうしてもティラミスを食べたい瞬間など、私の日常には無い。

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