どうしてあなたは1人しかいないの?【詩】

私は地球の輪郭を、この地球儀の輪郭をぐるぐると何廻も人差し指で辿ってなぞる様に今まで生きてきた。そしてそれと丸で同じような工程で、貴方の輪郭もなぞってみたいと思った。生まれてただ一度も乱れたことの無いたった一本の独立した線、世界と貴方との孤立した境界線は、果てなく美しい抑揚の旋律を奏でている。直線と曲線のバランス、凹凸のリズムの乱れさえ完璧に滑らかで愛おしい、貴方の輪郭。貴方の身体。肉体と世界は隣接しながらも、お互いに凛と背筋を伸ばして真逆の密度を保ち続ける。貴方が己の力で創り上げた乾燥と湿地のすべては、私の生活の息づらさを容易く埋めることが出来るだろう。貴方の輪郭は、冬の早朝に毛布のズレに気付いた時のあの震える寒さと、真夏の夜にクーラーの設定時間が切れた時のあの汗浮かぶような暑苦しさを埋める為のみに存在するのだ。そんなあまい錯覚は、この世の理不尽さ、ままならなさ、嘘と事実のグラデーションのあいだで真実と成る。虚構と事実の合間を行き来するのがだれよりも上手い貴方にとってはお手のものだろう。そんな、甘い幻想。詐欺師のように巧みな言葉の羅列を、何処までも永遠に続く「意味を成さない」という意味を成すための発話の技巧を、そのすべての音を、音域を、私の為だけに遣ってみて欲しい。貴方が手のひらで器用にころころと転がし続けるリズムを、誰の耳にも心地よい軽快な旋律を、私が欲しくなってしまったロマンチックの為だけに遣って欲しい。そしたら私は目の前の地球儀を廻す手をここで止めて、ずっと留めておいて、貴方の手のひらの上だけでおどりたい。そこから絶対に堕ちない様に踊りたい、踊らされたい。貴方の生命線の狭間、だれも辿り着けない一線の窪みの隙間に嵌って永遠に眠りたい。生命の筋はたった一本の尊いもので在ること、貴方は世界に1人しか居ないという事実を確認させて欲しい。貴方の健やかな寝息の間隔を真似て、習って、私も穏やかな呼吸で眠ってみたい。目が覚めても横に居て、そしてこの人差し指で、貴方のただひとつだけの生命を、逸れることなく辿らせて。 その湿ったふたつの目が、いつの日か必ず永遠の呼吸を終わらせるという揺るがない事実に、絶望させて。

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