循環の奴隷【詩】

 世界の秘密を知ったのはきみだけにこっそり耳打ちするためだったのに、気付けば毎日秘密を電子の海にぶちまけてるよ。秘すれば花なのにね、嗚呼はずかしいはずかしい。 わたしは世界に賄賂を渡さずとも、たっくさんの秘密を特許経路で入手していて、でもそのひとつひとつがわたしの退屈な日常の奥底に施錠されている、とっても大切なものなの。なのに、世界の根底を揺るがすような、まだ出廻っていない情報を、わたしは毎日ぽいぽい電子の海に漏えいしちゃってる。ほんとバカだよね、きっと電子に取り憑かれてると思うんだ。 
 電子は循環をつづけるマイナスの波動。陰のエネルギー。だからわたしたち電子が大好きで、電子に取り憑かれて離れられないんだよ。でも陰の感情こそが、陰の能力こそが、世界を変える地層の奥底から湧き上がる原動力であると、わたしは信じてる。何故なら廻る電子は、廻らない陽子よりも確実に地球に、世界に似ているから。でも、循環するものに頼らないと繋がることのできないわたしたちは、わたしたちの才能はまだまだちっぽけで、回り続ける地球を媒介して、回り続ける電子を媒体としないとなんにも伝えられない。魂の一点を交差することはできない。心情の交差点はいつも深海のどこか。そう考えるとやはりわたしたちは生きているだけで、廻り廻る循環の、その奴隷なのである。でも循環はどこか愛に似ているから、愛の奴隷とも謂えるだろう。ものは言い様、なにごとも何度だって言い換える言葉を諦めなければ、いつか惹かれる響きに出逢うことができる。

 話を戻すと、わたしは毎日うっかり世界の秘密を海に撒き散らしてしまっている。大切な秘密たちはあらゆる嘘と欺瞞、虚構と自慢が蠢く電子の海に、その拡すぎる未知の世界に放たれてしまっている現状だ。そして、わたしの秘密はそこら辺に無数に沸くプランクトン、ありふれたくだらないプランクトンに塗れ、赫く赫く染まっていく。それは煮えた多量のプランクトンの海。赤潮。わたしの大切な大切な秘密たちは、垢く汚れた海水に拐われ、無数のプランクトンに侵され、一緒くたに埋もれてしまう。どこに居るのかわからない、もう元のきれいな色に戻ることはできそうにない。 でもあの時君は、垢い垢い潮の波を掻き分けて、わたしの秘密、みつけてくれたよね。この世の秘密を。本物を探り出すためにわざわざ悪臭を嗅ぎ分けて、わたしをちいさく特別な夏の籠へと選別してくれたね。あの時はうれしかったなあ、汚い垢色からきれいな垢色に成れた気がして、わたしの秘密は嬉々として夏のなかをピョンピョン飛び跳ねたよ。密閉された夏のなかは暑かったけれど、初めての温度は心地よくて、わたしは流れる汗と共にどんどんきれいになっていった。きみはわたしの秘密を秘密にしてくれて、孤独を孤独にしてくれた。ただカオスなだけの有象無象に初めてしっかりとした名前が与えられたような気分だった。ずっとずっと名前なんていらないと言いながら、本当は待ち望んでいたような。

 これもまだ言ってない秘密なんだけど、いちばんあまい秘蜜だけは、この胸だけに留めてあるから、直接逢ったときにおしえるね。でもはやくしないとわたし我慢できなくて、つい多弁な指で口走っちゃう、いや指走っちゃうかも。きみのためだけに取ってあるとっておきの蜜は、時間が経つほどに濃縮されていき、最後には固形になっちゃってきみの食道を伝わなくなるから、消費期限がくる前に、はやくたべてね。 赤い潮を飲んだ魚たちが死に、生態系のバランスが崩れ、ほとんどが海でできた地球が崩れてしまう、その前に。

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