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「産む」も「産まない」も、私らしく生きる選択-書籍『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』が問う、多様な人生の形-若林理央(作家)

「子供を産まないの?」「母性本能があれば、産みたくなるはず」「子どもを産めば仕事より家庭が大切だと気づくよ」
“産まない”女性たちは、日常のさまざまな場面で、このような言葉を投げかけられることがあります。
周囲の無理解や偏見によって、自分の選択を肯定できなくなってしまう。

そんな生きづらさを抱えている女性は少なくありません。

フリーライター・若林さんは、取材を通じてこうした女性たちの声に耳を傾け、『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』(旬報社)の刊行にいたりました。

「妊娠・出産は女性の身体で起こること。それを望まないと決めたのなら、その選択は絶対に尊重されるべきなんです。しかし、現実には『子供を産むのが女性の幸せ』というステレオタイプが根強くあるんですよね」

若林さんがインタビューで語ってくれたのは、今の社会が抱える現状でした。

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若林理央
作家。2013年からフリーライターとして雑誌などで漫画家・タレントのインタビュー記事や書評を執筆。2024年2月、初の商業出版の書籍となる『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』(旬報社)を刊行。現在は「普通とは何か」をライフテーマに文筆活動を続けている。

“産まない”女性が直面する生きづらさ。

ー『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』の刊行、おめでとうございます。男性の僕から読んでも、とても面白い本でした。

ありがとうございます。

ーまずは、”産まない”女性たちが直面する生きづらさの実情について教えていただけますでしょうか。

はい。私が取材を通じて感じたのは、”産まない”という選択をした女性たちの多くが、周囲からの何気ない言葉や偏見に苦しんでいるということです。例えば「母性がないの?」「産んだら可愛いと思えるよ」「産んでいない人にはわからない」といった言葉を投げかけられ、傷ついている方が少なくないんですよね。

ー少子化対策で「女性は子育てしやすい環境になれば産むはず」という決めつけがあることにも、違和感を覚えている方が多いですよね。

まるで女性は子供を産む機械であり、環境さえ整えば産むのが当然のようですよね。

ーそうした言葉や決めつけによって、女性たちはどのような生きづらさを感じているんでしょうか?

まず前提として、今は産まない選択をしようかなと思っている人がいて、でもその後変化して産みたいと思うようになっても、それは本人の自由なんですよね。反対に、「産みたい」から「産まない」に変わってもいい。「産まない選択をする!」と決めている人のほうが少ないよ、と声をかけてあげたいですね。

そのうえで、最終的に産まない人生を選んだ人が、周囲の心ない言葉によって自分の選択を肯定できなくなってしまうのは大きいと思います。周りから「産まない選択」を否定されるようなメッセージを受け取ると、自信を失ってしまう。「私は間違っているのかもしれない」「自分は周りから浮いた存在なのかもしれない」と感じてしまうのです。

将来のキャリアプランを立てる上でも、産む・産まない・産めないというそれぞれの立場が重大な分かれ道になることがあります。出産・育児による長期の離職によって、昇進のチャンスを逃す人もいれば、反対に出産・育児を経験していない人が、企業の「子育て支援」に関係ないし、子育て経験のある人を出世させたほうがイメージが良いと判断されて昇進できないこともあるんです。どちらにしてもいびつな構造ですよね。

ー 若林さん自身も子供を持たない選択をされたそうですね。

そうですね。私のように実名ではっきりと「産まない選択をする」と公言しているのはものすごく珍しいみたいです(笑)

ものごころついた頃から子供を産みたいという気持ちはまったくなかったんです。でも10代以降、結婚や出産をすることを当然のように話す友達や、20代からは実際に結婚をして子どもを産んだ友達も増えていきました。私は他のことでも「私は周りと違うのかな」「普通じゃないのかな」と考えることが多いのですが、「子どもを産みたくない私みたいな人は珍しいんだなあ」と実感しましたね。女性に限った話ではないかもしれないのですが、ライフステージが変わると、これまで仲の良かった人と意見が合わなくなったり、「どこかに行こう」と誘いづらくなったりするんです。子どもの話題ばかりになるのも正直に言ってつまらないんですよね。とはいえ無理をして悩み相談にのってみると「子供がいないと理解できないでしょ」と言われて。そうなると何も言えないし、仕事仲間以外では、子どものいない友達とばかり会うようになりました。

ー 同世代の女性たちとの関係性が変化して「産まない」を選択した女性が精神的に孤立してしまうという事例をよく聞きますね。

そうなんですね!なかなか「産まない」を選択した女性って、存在すら認めてもらえないことも多いんですよ。だから孤立するのかもしれませんね。
産む・産まないの選択は個人の自由のはずなのに、公言できないことが問題だと思います。「女性なら子供を産んで一人前」みたいな社会の意識は、いまだ根強いのかもしれません。
そんな中、『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』のインタビューで、同じように、今、”産まない”選択をしようと思っている女性たちがいると知り、互いの経験を共有できたことは、私にとって大きな支えになりました。「一人じゃないんだ」と思えるだけで、心が軽くなる。そうした仲間との出会いがなければ、もっと孤独感に苛まれていたかもしれません。

ー 生きづらさを感じながらも、同じ想いを持つ仲間と対話で救われた部分があるのですね。書籍の取材を通して感じた「子どもを産まない選択」をめぐる社会の偏見や圧力について聞かせてください。

そうですね。例えば職場では、子供を持たない女性の働き方やキャリアプランに対しては、あまり理解や支援がないように思うんです。少子化対策でも「産めよ増やせよ」的なメッセージが色濃いですよね。女性に対する「なぜ結婚しないの?」「なぜ子供を産まないの?」というトーンの発言も多くて、今は医療も進んでいるから40代半ばを過ぎても圧力をかけられる人たちがいます。医療の進歩するのはもちろん良いことなのですが……。まるで未婚や子なしはいけないことのように言われると女性たちはプレッシャーを感じずにはいられないと思います。

ーうーん、選択の自由が尊重されるべきですよね。なぜこのような偏見や圧力が生まれるのでしょうか。

やはり、日本社会全体に「女性は結婚して子供を産むもの」という無意識の価値観が根付いているからだと思います。「子供を持つことが幸せ」「家族を持つことが人生の目的」といった考え方が、暗黙の了解になっている。

ーでも、実際には結婚しても子供を持たない人もいれば、事情があって子供を持てない人もいますよね。

ええ。女性の幸せの形は一つじゃないはずです。「産む・産まない」は、その人の人生観や価値観に関わる問題。社会の画一的な「幸せ」像を押し付けるのではなく、一人ひとりの選択を尊重する姿勢が大切だと、書籍の取材を通して、私自身があらためて感じました。

自分の体は自分で決める。リプロダクティブ・ライツとは?


ー なるほど。社会の意識や価値観の問題が、偏見や圧力を生む背景にあるのですね。そうした偏見をなくすために、私たちに何ができるでしょうか。

まずは、一人ひとりが「産む・産まない」をめぐる固定観念に縛られないこと。そして、多様な生き方や幸せのあり方を認め合うこと。それが何より大切だと思います。同時に、「産みたくない」と思っている人々の声に耳を傾けることも必要ですね。私の書籍も、少しずつ社会の意識を変える一助になればいいなと感じています。政治も企業も、少子化対策の文脈だけで女性の生き方を語るのではなく、もっとそれぞれの価値観を伝えるべきだと思うんです。「子供を持たない人生」をも尊重すれば、社会の閉塞感を打ち破ることができるはずです。

ー 社会の意識を変えていくために、私たち一人ひとりができることがあるのですね。書籍の中では「産む・産まない」の選択に関わる重要な概念として、リプロダクティブ・ライツに触れていますよね。

※編集部注
【リプロダクティブ・ライツとは?】
リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)とは、避妊の是非、子供を産むかどうか、いつ・何人産むかなど、自分の身体に関することを自分自身の意思で決められるようにするための権利のこと。1994年の国際人口開発会議で、基本的人権の一つとして認められた。日本では1999年に男女共同参画社会基本法が制定され、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの重要性が言及されているものの、一般にはまだ十分に知られていないのが現状である。

ー僕は若林さんの本を読むまでリプロダクティブ・ライツについて知りませんでした。

リプロダクティブ・ライツとは、簡単に言うと「女性が自分の体に関することを自分で決める権利」のことです。具体的には、子供を産むかどうか、いつ産むか、何人産むかを自分で決められることなどが当てはまります。
この権利を知っている人が少ないこと自体、問題だと思っています。誰も教える人がいなかったということですよね。女性の体や人生に関する決定権は、女性自身が持っているという認識が広がっていないんです。

ーなるほど。

リプロダクティブ・ライツ、すなわち性と生殖に関する権利は、「自分の体のことは自分で決められる」という考え方なんです。例えば、避妊をするかしないか、子供を産むかどうか、いつ産むか、何人産むか。こうした選択を、女性自身の意思で自由に決められるようにする目的で提唱されたのではないでしょうか。

ただ、日本だけではないのですが、この権利があまり知られていないのが現状です。「子供を産むのは女性の役目」みたいな古い価値観が根強く残っているからかもしれません。でも、本当は、女性が自分の人生について主体的に決められるようになること。それが何より大切だと思うんです。

ーリプロダクティブ・ライツは女性の基本的人権に関わる重要な概念なのですね。

そうなんです。女性が自分の人生を自分で決められること。それが保障されてこそ、初めて「産む・産まない」の本当の選択ができるはずです。でも現状は、「流れにまかせて」とか、自分の「産む・産まない」を見つめることなく出産に至る女性も多いですよね。それで幸せなら良いのですが、後々「産みたくなかった」と感じる人もいるようです。

リプロダクティブ・ライツが真に尊重される社会。そこでは、産むことも産まないことも、等しく正当な選択肢として認められているはずです。一人ひとりが自分の人生の主体となって、自由に生き方を選べる。そんな社会を目指して、私たちは声を上げ続けなければならないのではないでしょうか。

男性も直面する「産む・産まない」の葛藤

ー女性だけでなく男性も含めた「産む・産まない」の選択については、どう思われますか?

男性もまた、この選択に関わる当事者です。妊娠・出産は女性の体で起こることだから、最終的な決定権は女性にあるべきだと思います。しかし、パートナーである男性の意見や考えも、無視できない要素ですよね。

ーそうですね。

理想を言えば、カップルで妊娠・出産について率直に話し合い、互いの願望をすり合わせていくことが大切です。女性に「産む義務」を押し付けるのではなく、男性も積極的に産み育てる責任を担う覚悟を持つこと。避妊に関する知識を男女で共有し、互いの体と心を思いやりながら、将来設計について一緒に考えていく。そんなパートナーシップが育まれる関係性が理想だと思います。

一方で現実は、望まない妊娠に悩まされる女性が後を絶ちません。中には男性パートナーが避妊に非協力的だったり、妊娠したら他人事のように「産めば?」と言われてしまったりするケースもあるそうです。最悪、出産したばかりのパートナーを置き去りにして逃げる人もいますよね。男性に比べて、妊娠・出産のリスクを女性が一方的に負わされている構図があることは否めません。

ー 妊娠・出産をめぐる男女のパワーバランスが対等でない現状がありますね。

そうなんです。だからこそ、個人的に「産む・産まない」に関する権利は女性にあり、パートナーがどうしても子どもを望むなら、別れるしかないのではと感じています。あくまでも私の意見ですが。ただいっしょに生きるなら、男性の側にも意識改革が求められます。女性の体に起こることを他人事にせず、自分ごととして考えるようになること。妊娠・出産が女性の人生でどんなに大きいことかを、もっと想像する必要がある。政治の場でも、議員は男女問わずこの問題に真摯に向き合ってほしいですね。
不妊に悩むカップルの中には、精子に原因がある場合も少なくない。でも、男性不妊はあまり表立って語られません。夫婦で不妊治療に臨むことへのハードルの高さを、男性も感じていると思いたいですね。

ー 女性だけでなく、男性も生きづらさを抱えている、と。

「産む・産まない・産めない」をめぐる問題は、決して女性だけのものではありません。男女がお互いの立場に立って、お互いの気持ちを尊重することが何より大切です。その上で、社会全体で個々の選択を認め合っていく。そうした積み重ねを通じて、ようやく男女ともに「産む・産まない」を自由に考えられる社会が実現するのだと思います。

ー社会にとっても切実な問題ですね。

男性は妊娠・出産を経験しないからこそ、パートナーの気持ちを理解しようと努める必要があると思うんです。私の友人に、不妊治療をしている夫婦がいるんですが、夫婦二人で一緒に病院に通ったり、お互いの感情を共有したりしながら、少しずつ前に進もうとしている。そうした男性パートナーの姿勢が、女性の心の支えになっているんですね。

ー 男女が互いに理解を深め、多様性を認め合うことが、一人ひとりが自由に生き方を選択できる社会につながるということですね。

社会の意識変革は一朝一夕にはいきません。でも、一人ひとりが身近なところから「産む・産まない」への理解を広げていけば、きっと社会も少しずつ変わっていくはずです。「子供を産んではじめて一人前」という価値観から自由になること。結婚しない人も、子供を持たない人も、それぞれの人生の選択が尊重される世の中を目指したいですね。

男女が対等な関係で妊娠・出産について語り合えるようになる。そして、その選択が周囲に認められ、社会に受け入れられる。一人ひとりの性と生殖に関する自己決定権が最大限に守られる。そこに、本当の意味での「自由」があるのだと思います。

“産む”も”産まない”も、かけがえのない選択

ーSNSで見られる「産む・産まない」をめぐる女性同士の分断もありますよね。

SNSで「産む」「産まない」を検索すると、時に女性同士が対立しているように見えることがありますよね。でも本来、私たちが目指すべきなのは分断ではなく、互いの価値観を認め合うことなんです。

ーなるほど。

お互いの選択を「理解する」のは難しいかもしれません。それでも、一人ひとりの生き方を「認め合う」ことはできるはず。性と生殖に関する女性の権利を尊重し合うこと。それが、すべての女性を社会の抑圧から解放する第一歩になると信じています。

ー 多様な生き方を認め合うことが大切なんですね。書籍のなかでは「産まない」選択をした女性だけでなく「産む」選択をした女性についても、取り上げていますよね。それが印象的でした。

「産まない」選択に光を当てつつも、「産む」選択をした女性たちの経験や思いを聞くことも大切だと思ったんです。
私は取材を通じて、「産む」選択をするまでには、それぞれの女性に深刻な悩みや葛藤があることを知りました。育児と仕事の両立に不安を感じたり、周囲からのプレッシャーに悩んだりしながら、それでも産むことを選んだ。そのことも、私たちはもっと知る必要があるんじゃないでしょうか。
結局のところ、「産む・産まない」どちらの選択も、かけがえのないものなんです。一人ひとりの人生の物語の、大切な局面なんだと思います。だからこそ、お互いの選択を尊重し合える社会が必要だと、私は感じています。
社会の意識を変えるには、一人ひとりの小さな歩みの積み重ねが必要です。「産む・産まない」への理解が少しでも広がっていくことを願っています。

そして、女性同士が手を取り合って、自分らしい人生を歩める世の中になることを望んでいます。

若林理央さんの著書『母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド』(旬報社)の詳細はこちらのサイトをご覧ください。

URL: https://www.junposha.com/book/b641972.html
試し読み:https://book.asahi.com/article/15205701

若林理央さんのTwitter
https://x.com/momojaponaise?ref_src=twsrc^google|twcamp^serp|twgr^author

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