拝啓 だれかさん

この手紙は、ほかでもないあなたのために書いたものです。一冊の本と出会った喜びを、本を愛するあなたと分かちあいたく、遅筆を執っています。

夏葉社という出版社をご存知ですか。島田潤一郎さんによるひとり出版社で、主に絶版本の復刊を手掛けておられます。島田さんはもともと編集の経験はありませんでしたが、事業を立ち上げ、書店への営業まわりもお一人でやってこられたそうです。そんな彼の苦悩と哲学の詰まった本が「古くてあたらしい仕事」(新潮社)です。

本書を青山ブックセンターで買って読む前と読んだ後とでは、わたしはなんだか自分という人間が変わってしまった気がしてなりません。これまでの本との向き合い方を省み、ある種の恥じらいを覚えるほどでした。それは、出版の意義だとか使命といったそんな大仰なものではなく、むしろ「だれかのために本をつくる」というシンプルな結論だからこそでした。この人をうならせるほど美しい本がつくれるか。あの人をふるえさせるほど豊かな文章が書けるか。生きるように本を読む人たちを裏切ってはならない。本に生かされている自分に嘘をついてはいけない。そういったつくり手の「美意識」は必ず読み手に伝わるのだと、島田さんは教えてくれました。

この「美意識」という言葉が、わたしのなかでずっと澱んでいるのです。本を「情報の束」ではなく「美しい物」として捉え、それに応えられる本をつくって届けることは、決して簡単ではありません。そして、その本が売れるかといったら、それはまた別の問題で、そう断言することはできません。でも、「美意識」をそなえた本は、本棚が待っているんだと思います。きちんと見極められる書店員のいるお店で、その書店で本を買うことを日常のちょっとした楽しみとしているだれかの部屋で。本は「生活の小さな重心」となって、だれかの一部として生きつづけるのです。わたしは、そうした手紙のような本を手紙を書くように届けたいと思うようになりました。「古くてあたらしい仕事」もあなたにとってそんな本になってくれたのなら、これほど嬉しいことはありません。

最後に、わたしが本書のなかで、もっとも手紙的で美しいと思った場面を紹介します。それは、島田さんが会社をおこすきっかけにもなった従兄の急逝から幾年、いよいよ彼の洋服を太平洋の浜辺で焼くシーン——

ぼくは流木を持って、洋服と火と灰が一緒になった塊にふたたび近づいた。そして、ふと自分の髪型が坊主であることに気づき、一昨日、法事で見た坊主の口ぶりを真似して、「南無阿弥陀仏」と唱えながら、流木で従兄の洋服をかきまぜた。叔父と叔母と従弟が、大きな声で笑った。ぼくはその声にうれしくなって、何度も何度も「南無阿弥陀仏」といいながら、浜辺で思い出の数々を焼いた。

しばらくぶりの手紙が、とりとめのないものとなってしまいました。長らくの不信とともにお詫び申し上げます。今度お会いした際に、ぜひ本の感想を聞かせてください。

どうか、お元気で。      敬具

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出版社の営業マン
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