Never Let Me Go
正直原作の良さの1ミリにも及んでいない気がするが、カズオ・イシグロの物哀しく、暗く、でもどこか郷愁を匂わす世界観はなかなかに再現できていたのではないかと思う。イギリスの曇天の様な、じっとりとしていて、陰鬱で、でも愛おしい空気感。
私達は自分の人生が自分のものである事に何も疑問を覚えずに生きている。何を食べ、何を聴き、どこに住み、誰を愛し、どうやって毎日を重ねるのか。
この映画の世界ほど究極的に、自由の奪われた生き方は今では殆ど有り得ないと言ってもいいだろう。でも何かしらの形で選択を与えられない、自由を持てない人生を送っている人達がいる。
こんな事を言うのは、偽善的かもしれない。薄っぺらいかもしれない。
でもこの映画には、ファンタジーとして片付けられない、私達の社会への問いがある様な気がする。
同じ様な境遇に生まれても、一人一人の「自由の選択の幅」は違っていて、それは生まれた時に大きく決められてしまっている。じゃあ、私と彼の、彼女の、違いはなに?
キャシーはずっと、幼い時にトミーから貰ったカセットを聴き続ける。
Never let me go.
その一曲に縋る彼女の姿が痛々しくて、美しかった。