痛楚

心のかたちをなぞる
「楽しい」という言葉で触れてみれば
心は随分と丸みを帯びていることがわかる

しかしどうだろう
その丸みはどうも歪だ
確かに滑らかで、肌触りも悪くはないのに

ふとなぞる手を止める
滑らかだった表面に
なにやらふつふつと湧き出るものがある

試しにと
指でなぞりあげると
途端指の先は血にまみれた

その涌き出したものの好ましくないこと
「楽しい」という言葉で削り取ろうとすれば
言葉ばかりが削れていき、ついに擦り切られてしまう

ならばと思い
「嬉しい」「幸せ」「喜び」などと
多くの言葉を用いるも、総てが塵のように打ち負けた

心に表れたふつふつとしたもの
滑らかさを損なわせたもの
肌触り悪くしたもの

もはや触れられないのか
そんな「悲しい」でなぞりあげると
ざらついた表面にぴたりと添い遂げた

はっとして
辺りを見渡せば
自分以外の者の心が見えた

確かに丸みを帯びている
けれどやはりどこか歪で
滑らかな表面にふつふつと湧き出るものがある

ああ皆同じなのか
その「安心」さで心を撫で下ろしたが最後
やはりその言葉は摩り下ろされ地に落ちた

落ちた欠片たちを黙って見る
一粒一粒がもぞもぞと
死にたくないと蠢いている

見捨てることも出来ず
されど拾い上げることも叶わず
息絶えることも許されない言葉だったものたち

ざらついた心はそのままに
触れずとも身体を削り始めた
慌てて「辛い」という言葉で掴みにかかる

隣の男は何度擦り切られようと
「優しい」という言葉で心に触れようと試みている
足元には「優しい」という言葉だったもの

近くの女は何度削り取られようと
「愛おしい」という言葉で心の表面を愛でようとしている
足元には「愛おしい」という言葉だったもの

自分は手元に残った言葉を品定めする
「虚しい」「苦しい」「寂しい」
それらは心の表面にきっかり収まった

心のかたちをなぞる
「痛い」という言葉で触れてみれば
心は随分と丸みを帯びていることを思い出した


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貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。