犬のぬいぐるみを綺麗に並べる

 人生初のアルバイトが始まって、最初の2週間が過ぎた。

 毎日、ただひたすら仕事を覚えるためのメモを取って体を動かす。朝8時には休憩室で制服に着替えて、一時間半のオープニング作業から夕方になるまで接客、接客のフルタイム勤務は思いのほか楽しかった。

 タイムカードを押したこともなければ、制服(といっても、バイトは半袖のシャツだけだけど)を着たこともなかったので、毎日が新鮮に感じてなんだか社会人っぽいな、と、嬉しそうにバックヤードから大量のぬいぐるみ達をUFOキャッチャーに補充した。

 取りやすいように、犬のおなかの部分に隙間ができるよう綺麗に揃えてあげるのがこの店のやり方だった。

 今思い返せば、あの頃、ゲームセンターで働いていた事をその後の人生に活かせなかった事がもったいないな、と思うほどゲーセンは大改革をとげようとしていたのだった。

 「不良のたまり場」といったネガティブなイメージ。当時のヤンキー漫画の喧嘩のシーンには必ずといっていいほど登場していた、敵キャラがゲーム台に向かっているところを襲撃するシーン。そんなよろしくない世間のイメージから脱却するために、繁華街のゲームセンターは様々な戦略を掲げ、ターゲット層を若い男性やサラリーマンから、家族連れと女性客にシフトさせようとしていた。

 そんな大きな転換期を迎えていたゲームセンターにおける重要な役割がプライズゲーム、つまりUFOキャッチャーだった。

 僕の毎日の仕事で、最も重要な任務はとにかく「機械の中にあるぬいぐるみを途切れさせないこと」だった。

 朝一、それぞれの電源の確認と、ぬいぐるみの補充をするために一番最初に覚えたことは、それぞれの機械の鍵の種類を覚えることだった。とにかく全部の機械の鍵が微妙に異なっている。しかもぬいぐるみを補充するガラスケース部分の鍵と、コインが詰まった時に直す部分の鍵がまた違ったり、といった感じ。

 朝イチから仕事ができるバイトは、この業界ではとても重宝されるのだと、初日から店長さんは気さくに話しかけてくれた。

 面接の時と同様に、自分の今の状況を包み隠さず伝えていたので、しばらくすると、休憩室での雑談はいつも「闇落ちした帰国子女」という、イジるのには十分なコンテンツで盛り上がった。帰国して右も左も分からない浦島太郎のような僕を、あたたかく話題の真ん中に置いてくれた優しい職場の事を今でもたまに思い出す。

 時は1990年代後半。もう少しでなんちゃら大予言、のあの頃、週末になると、少しずつ欠品し始める犬のぬいぐるみたちに頭をひねりながら、僕はひたすらショーケースにぬいぐるみを綺麗に並べる毎日を送った。

 ただ「黒船」はすぐそこまで来ていて、その後のゲームセンターのあり方は大きく変わっていくのだが、当時の僕はそんな事を知る由もなかった。

 

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