お酒をやめたら水虫の治療が始まった話

 僕の足の親指の爪は、10年前からボロボロだ。

 社会人になって急に太りだした僕の体重は、30代に突入するとさらに加速して、いよいよ相撲部屋の新弟子検査を受けられるくらいまでに成長していた。

 このままじゃヤバい、とダイエットを決行するもとにかく飽きっぽいので「半年で一気に30kgくらい減量するしかない」と無茶な計画を断行する事にして、有酸素運動に辿り着き、すぐに「ロードバイクで通勤すること」が日常になった。

   通勤で2、30Kmを毎日走っていても辛いと感じたことはなかったから、たまたまこれは自分に合っていたんだと思うので誰にもオススメしないやり方だけど、どんどん体型がスリムになって身体もずいぶん楽になった。

 はずだったのだが、右足の爪のひどい水虫だけが気になっていた。そう、正確には後から水虫だったのが判明したのだが。

 思い当たる事はいくらでもあって、もちろん必死にペダルを漕いで大汗をかいているので足が蒸れる、とかはあるのだが、自己流でガシガシペダルを漕いでいたし、固い靴底のスニーカーで毎日いじめられた右足の爪は、無惨にも変形してボロボロに黒ずんでしまっていた。

 でもそれから自転車に飽きて、たまに近所の河原をのんびり走る程度になっても、爪は何年経ってももとどおりにならず、時にはポロポロと頼りなく砕けたりした。

 もういい歳なので、「膝が痛い」とか「胃がもたれる」とか、いろいろ体にもボロが出てくるのは仕方がない。これも年の功、として、壊れた爪を半ば諦めていたところもあった。

 きっかけになったのは、逆の足の巻き爪が痛んで歩くと辛くて、たまたま近所の皮膚科のお医者さんに行ったところ「両足見せてください」と言われ「これ痒くないですか」といわれて「かゆくはないですね〜」と返したら「一応顕微鏡で見てみましょう」と爪の一部を削ってみてもらった結果が「水虫」の診断だった。「残念ながら塗り薬ではほとんど改善は見込めません。飲み薬が効果的ですが、お酒は飲みますか?」つまり、これは強い薬なので、余計に肝臓に負担をかけるような行為、例えば以前の僕のような毎晩がぶがぶビールを晩酌、みたいなライフスタイルなら、この治療は勧められない、というわけだ。

 即答で「今酒止めてて、全然飲んでません」と即答した。

 なかなか自信たっぷりに言えたと思う。今までは、健康診断でもお酒の話をされると照れたように「なかなかやめられなくて困ってるんです」「最近は、コロナで家にずっといるので飲む量も増えちゃって」とバツが悪そうに答えていた自分とは大違いだ。

 お酒を中断しよう、と決めた事で、これもいいきっかけだと思って治療を快諾できた。毎晩一回、薬を飲んで約半年から一年くらいかかる。もちろん定期的な通院もあるから、今までありがたいことに病気らしい病気をした事がなかった自分にとっては結構な大仕事になりそうだ。

 でもなんだか新しい事を始める自分にとても嬉しくなった。

 たまたま二日酔いが辛くなってきて、そろそろなんとかしないと、とお酒を中断しよう、と始めたのがきっかけだったけど、これは思わぬいいきっかけをこれからも生みそうだ、と嬉しくなったのだった。

 ついこの間まで、毎晩ダラダラとビールを飲み続けていたら、きっと治療を断っていたんだろうな、とその晩ふと思った。瓢簞から駒、半年後に綺麗になった親指の爪になるのが今から楽しみな秋っぽいお話。

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