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拾う神あり

   なるほど、生活というのはいきなり訪れるものなんだと実感するのは、東京都下の街でも、屈指の暑い夏を誇るこの地元なら小学生でも実感できる。朝から30度を超える夏は、まだ始まったばかりだった。

 「北海道って、冬にお金のない人は暖房にお金が払えないから死ぬことがあるんだって」中学生のバカ話に根拠なんて微塵もないから、ありそうでない話のオンパレードを思い出した。

 「そんな事で人ひとり死んでたまるか」と、その時はゲラゲラ笑っていたが、今直面しているのはクーラーが無いために死にそうになる若者の話だ。

  「たぶん死なないけど」

   夜に着て寝たTシャツがしっとりしている。

   何とかしないと、と思い立つ事こそ生活なのか。金がないと生きれないのは、こんなにも生きる事に前向きになれる。

   周りと比べないで、自分の置かれた状況を客観的に判断し一歩を踏み出す事に、誰かの助言やアドバイスや一緒に歩んでくれる仲間なんていらないのだ。いや正確にはいらないのではなく、今の自分にその余裕が無いだけなのだが。

 体を動かす一番合理的は言い訳はお金が無い事で、お金に困らないようになって大半の余計な事も考えられるようになるのだろう、と、右も左も分からない浦島太郎はひとりで納得しそれからの行動は早かった。まず街の中心地を歩いて自分でのできそうな仕事を探す。直感で接客業ならなんとかなる自信はあった。コミュニケーション能力だったら負けない自信があったからだ。

 すぐに小さな繁華街で一番大きなゲームセンターの前にアルバイト募集の広告を見つけ、その20分後にはタバコくさい休憩室で、たまたまその時間のシフトに入っていた店長と面接をしてもらった。「日本に帰ってきて金がないんです」自分でも驚くほど誠実に身の上を伝えると、真面目そうな眼鏡の店長は「いいよ、明日ちょうど土曜日だからシフトの人数も多いし、オーナーには事情を説明しておくよ。日割り、とはいかないけど、週割りにして給料払ってもらえるように頼んでおくから。服装も今のままで大丈夫。その格好に上だけ制服を着てもらえば」と静かに話してくれた。

 一通りの緊張がほぐれて、お礼を述べて外に出たらなんだか路地に入ったところで少し泣いた。

 拾う神あり、というよりも自分が正直に今の困った状況を言葉にできたことにホッとした涙だった。

 これからもたぶん、大勢の人に助けてもらうのだろう。

 そう思った時、頭だけは素直に下げられるようにしておこう、と思った。

 なにも持っていない大人、こんな20歳になるとは想像もしていなかった。でも、体は健康で腹も空く。なによりも足腰は丈夫で何時間だって立っていられるように育てられた。「きっとやっていける」と高く高く上がった雲を見上げた。

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