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センスがない奨学金-出産の紐付け

 さて本日は先週来話題になっている自民党の「教育・人材力強化調査会」に出産を条件とした奨学金減免の提言について.

学生時代に奨学金の貸与を受けた人が子どもをもうけた場合、返済額を減免することなどが柱。20代~30代前半の子育て時期と奨学金の返済時期が重なるため、返済額を減らして子どもの教育にお金を掛けられるようにする狙い

時事通信当該記事↓より

 こまかな論点はさておき,「センスないな!」という直感的な感想が先に来てしまう.もうちょっと気の利いた役人なり政策担当秘書いないんかいね...というわけでどうセンスがないか.

本提案のビミョーなところ

 まず前提として……政策は「解決したい問題」があり,「その解決策として」提言されるものであります.しかし,一体全体この提言は何を解決したいのでしょう?

子育て世代の負担軽減

 記事の中では子育て期間と奨学金返済時期が重複することへの負担軽減とのこと.しかしですね...なぜ負担軽減策が「過去に大学(短大・一部専門)を卒業し,かつその期間に奨学金を借りたもの」限定なんでしょう.
 (私は賛同しませんが)子育て関連給付の所得制限ならばわからなくはない.しかし,学歴による縛りは公正性についての批判に耐えられるとは思えないんです.子育て世代の負担軽減を目指すのであれば,学歴や経歴などを問わない給付や扶養控除の拡大などによって達成すべきでしょう.

 過去に借り入れた奨学金の支払いがあり,そしてその返済にイマ苦しんでいる人がいるんだ...というご指摘も承知しております.しかし,奨学金は自発的な借入です.さらに,大学進学も自発的な行動です.
 なぜ高校を卒業後早期に社会に出て働いた人よりも優遇されるのか.または,奨学金を借りいれしていない人の自動車や自宅ローンの負担とどのように区別されるものなのか.合理的な説明はあるのでしょうか<ひとつだけあるので後述>.

 この問題に限らず,近年の家族関連政策は...「東京・ホワイトカラー家庭出身・四大卒」を念頭に置いたものが多すぎるんじゃないだろうか.先週のエントリ(「出生率の地域差と製造業」)でも言及しましたが,現場の医師の中にも同様の感想をお持ちの方がいるようです.

進学や出産の奨励

 仮に,大学進学の促進や出生率向上といった目標があったとしても...本提言を合理化することは困難でしょう.
 まず,大学進学時(18歳時点)に将来の出産によって奨学金が免除・軽減になることを読み込んで大学に進学するか否かを決める学生が多いとはとても思えません.
 出生率についても,経済的なインセンティブが出生を増加させる効果は非常に小さいです.本マガジンで繰り返しているように,出生率の低下の多くは晩婚化で説明できます.そして,晩婚化は経済的要因によるものではありません.
 景気がよくなったら/経済成長率が上昇したら結婚が増えると思っている人……幻想です.日本より平均所得が高いシンガポール/成長率が急上昇したタイで婚姻・出生が増えているかどうか考えてみてください.むしろ一般的には所得水準が低い方が婚姻年齢は低くなる傾向があります.
 このあたりは過去に「異次元の少子化対策」に関するエントリを書いたのでお暇のあるかたはご一読あれ.

すでに借りてしまった人に

 過去に日本育英会(or学生支援機構)の奨学金を借り,そして現在返済中であるという方の負担は非常に問題ではある.2000年代に大学に進学した人はいま30歳~40歳.まさに家族形成の時期にさしかかっています.そして彼らが大学に進学した時点では,大学に進学すれば安定的な,そして高卒者よりも高い給与がが得られ,奨学金の返済もそこまで大きな負担にはならないと考えたのではないでしょうか.

 この期待が裏切られたor予想を外したことを全て自己責任で片付けてよいのかについては疑問が残ります.それであれば出産に紐付けるのではなく,所得・資産に紐付ける形で奨学金の減免をすすめてはどうでしょう?

 その財源はどうするか?...日本学生支援機構の財務は「返還金を貸出に回す」という構造をもっています.機構からくる通知にも書いてありますよね.では...「貸出に回す」必要がなければ「返還金」もいらないじゃありませんか.
 日本学生支援機構が行っている貸与型の奨学金制度を縮小し,かわって給付型の奨学金制度を創設する.これならば,返還金が減少しても学生支援機構による従来型の貸与奨学金の運営は継続可能となります.

給付型奨学金が必要だ

 貸与型を縮小し,給付型を増加させるなら...なおさら多くの財源がいるじゃないか?と思われたかもしれません.はい.財源は必要です.仮に国が給付型奨学金事業を行う場合,その財源は税または国債と言うことになるでしょう.

 しかし,税なり国債なりをもちいて大学進学を支援するにはひとつ問題がある.国が設定する「給付型奨学金」制度はどうやって奨学生を選別するのでしょう? この基準をまとめることは容易ではありません.

支給要件の難しさ

 親の所得に制限をかける点はそれほどの異論は出ないでしょう.しかし,所得だけ……つまりは給付枠と希望者が等しくなるまで所得制限をきびしくするという基準でよいものですかね? 奨「学」金ですよ? 学業と無関係に選別してよいものなんでしょうか?
 そして学力を基準にすると...何をもって「学力」とするかという壁にぶつかる.大学のレベルを国が査定するのでしょうか? 高校時の成績を基準とするとして・・・同じ評定平均「4」でも高校によって難易度はかなり違う.大学入学後の成績についても同じです.例えば,東大では結構な人数が留年します.成績の基準も大学・・・というか学部毎にかなり違う.
 この手の格付けを公的機関が行うのは極めて困難(ほぼ不可能)でしょう.

 結果として,政府所管の給付型奨学金は比較的少額でかつかなり所得制限の厳しいものにならざるを得ない.学生支援機構の奨学金(という名の学資ローン)を縮小するとともに,あらたに創設する少額の給付型奨学金事務を同機構に移行するといった小規模な改革にとどまらざるを得ないのではないでしょうか.

 これでは絶対数として「広く大学進学を支援する」「給付型奨学金を充実させる」ものにはならない.ではどうする?...官でできないなら民がやれば(やらせれば)よい!

奨学金制度は大学に差配させろ

 給付型奨学金の問題のひとつが「負担」と「受益」の距離が遠いところにあります.国債調達の場合はさておき,税の場合……大学等に進学し,奨学金をうけとる人以外は何を「受益」しているのでしょう.初等・中等教育と異なり,高等教育の社会的収益は進学率が一定以上になるとそれほど高くはありません.もっと受益者と負担者の距離が近い制度が望ましい.

 それであれば...A大学に通う奨学生の奨学金原資はその他のA大学の学生に負担してもらえばいいじゃない.現在も行われている各大学等での特待生制度を拡充することで給付型奨学金の充実を図るべきではないでしょうか.

原資としての学費

 各大学の厳しい財政事情の中で奨学金の給付まで負担せよというのは酷だ思われるかもしれません.これに対する財政方式は3つ考えられます.

・定員増をみとめる
・授業料引き上げ
(・大学への助成金を増やす)

 極端な例として……各大学に定員の10%増を認め・・・そのかわりに5%の学生に「授業料免除+授業料と同額程度の給付金支給」を義務づけるならば,公的な財源は不要になります.もちろん,理系・国公立の場合は給付金月額に考慮が必要ですが.これで氏文系の場合,入学金・授業料免除+月6万円ほどの給付となる.

 学生が10%増えたら学生サービスを維持できないと言う人もあるかもしれません.しかし,1970年代生まれが大学に進学していた時期には臨時定員増により,同じ設備・人員の学部でも現在より2割くらい定員多かった.さらに入学定員超過へのペナルティが厳しくなるまでは(辞退者が意外と少なくて)1割くらい入学者多くなっちゃう大学もちょいちょいあった.不可能とまで言える増員ではありません.

※ちなみに,この辞退者数問題は大学の悩みの種です.別に金儲けをしようとして定員超過を起こしているわけではありません.辞退者数の予想は本当に難しいんです.給付型奨学金提言とは別に...定員を超過した人数分は授業料を免除しなければいけない...等のルールをつくるとよいのではないでしょうか.

 一方でこのような定員増を行うと,すでに厳しい状況にある私立大学が経営を維持できなくなるというご批判もある.この場合,助成金の増額によって対応するという方法もあり得る.ただし,受益と負担が遠くなるというデメリットがあります.

 定員増・補助金・授業料引き上げをミックスする.その配分は,募生状態が芳しくない大学をどうしていくかという別の議論になるためここでは省略しますが……大学が差配する給付型奨学金を拡大していくならば,公的な負担はそれほど増えない形で給付型奨学金が整備できる.そして,メリットは財政上の問題だけではありません.

在校生と大学へのメリット

 まず,各大学に奨学生の選定をまかせると……各大学毎に特色ある奨学制度が登場することになる.ある大学では,ペーパーテストの成績中心の選抜になるかもしれません.また,ある大学では所得基準を中心とした選抜になるかもしれません.さらに,指定校推薦などを活用し「所得○○未満,評定平均○○以上」の生徒を募集すると言った選抜もできる.

 大学に差配を任せる第一のメリットは奨学制度に多様性ができること.画一的なルールでは「経済的に苦しいが微妙に条件が合わない」という家計が出てしまいます.しかし,各大学それぞれがことなる基準をもっているならば……そのどれかには当てはまるという家庭も少なくないでしょう.

 この方法は大学序列にも影響を与えます.例えば,T大に通常合格するよりもX大学で給費奨学生になろう……という選択が一般的(イメージとしては入学者の5%程度)になると,大学序列は大きく変化する.入試偏差値,推薦を通じた高校ランクで輪切りにされた日本の大学の状況が大きく変化する可能性を秘めている.

 さらに,このような大学序列に基づかない進学は在校生に大きなメリットがあります(だからこそ多少は授業料を上げてもよいという前の提言につながる).大学の中に特別に優秀な学生がいると,まわりに大きな刺激になります
 これは教師としての直観ですが……ゼミに超デキるコがいるとゼミ生みんなが変わるんです.それがたった一人でも.面白い卒論が増えるし,ゼミ活動も活発になる.こころなしか就活実績もよくなる.このようなピア効果を生み出すためにも大学による給付型奨学金は有効なのではないでしょうか.


・・・とまぁこの手の「ぼくがかんがえたさいきょうの政策」系の話あまりしないのですが,大学運営の給付型奨学金を後押しする諸政策は・・・官僚・政治家・大学関係者のみなさまの頭のどこかに置いておいて欲しいと感じるのです.


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