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MMP #1(前編)|いいへんじの「現在地」をたしかめる ― 【いま】のいいへんじ 編 ―


いつかまた同じ場所に集まることができるようになったときのための「下ごしらえ」をしていく企画、「MONTHLY MAKING PREPARATIONS」

第一回は、公演の準備を進める前に、いいへんじの「現在地」を確かめてみることにしました。【いま】のいいへんじだけではなく、【これまで】と【これから】のいいへんじとのつながりを考えながら、生活について、演劇について、ざっくばらんにおしゃべりしています。

※ この座談会は、2020年5月7日に、オンライン通話にて行われました。
※ この記事は、(前編)です。


▼ 参加者

いいへんじ

中島梓織
松浦みる
飯尾朋花
小澤南穂子

いいへんじのおとなりさん
水谷八也(早稲田大学文学学術院教授)
清田隆之(恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)
▼ 全体の目次
この記事は(前編)です。

(前編)―【いま】のいいへんじ 編 ―
① いよいよ、MMP、はじまります!
② 「いいへんじのおとなりさん」とは?
③ いま、いいへんじが考えていること。(生活編)
④ いま、いいへんじが考えていること。(演劇編)

(中編)―【これまで】のいいへんじ 編 ―
⑤ 演劇って、濃くて深くて、「超アナログ」。
⑥ 演劇にとって、いまは「ため」のとき?
⑦ 「何もできない」って、何なんだろう?
⑧ 共通点は「スピード感」に対する葛藤。
⑨ これまでのいいへんじを、「being/doing」の視点から。

(後編)―【これから】のいいへんじ 編 ―
⑩ 「やっつける」のではなく「やっていく」。
⑪ 『器』の冒頭部分を読んでみる!
⑫ 知らないところで重なっている。人類の孤独と共存。
⑬ これからのいいへんじも、「現在地」を確かめながら。


いよいよ、MMP、はじまります!


中島
じゃあ、ぼちぼち、始めさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

一同
よろしくお願いします。

中島
じゃあ、最初に、この企画について、軽く説明というか確認というか、させていただいてから、始められたらと思います。

こないだ、note(「MONTHLY MAKING PREPARATIONS」をはじめます。)でもご説明したんですけれども、もともとは、稽古が始まる前の期間に、月に1回、同じ場所に集まってみんなでおしゃべりをする、「MONTHLY MEET UP」(以下、MMU)というイベントを開催する予定でした。

稽古が始まってからとか、公演が終わってからとか、みんなでおしゃべりをしながら考えるっていうときに、そのベースになるような知識があったら、もっとおしゃべりが楽しくなるし、作品もいろんな視点から見れるようになるなあ、そういうのができたらいいなあ、っていうのを、ずっと思っていて。

そこで、わたしがいま働いている「小杉湯」っていう銭湯を会場にして、イベントを開催する予定だったんですけれども、新型コロナウイルスの感染が拡大している状況を鑑みて、イベントとして、同じ場所にみんなで集まっておしゃべりをする、ということは、断念しました。

で、その代わりに、「MONTHLY MAKING PEREPARATIONS」(以下、MMP)という新しい企画が立ち上がりまして、それが、これです。

一同
(拍手!)

中島
ありがとうございます!

MMUは、もともと、稽古をして、公演をして、っていう前の、階段の一段目みたいな集まりにしようと思っていたんですけど、ちょっといま、稽古や公演ができるのか、先が全く見えない状態なので、今回のMMPは、もうちょっと長い目で見て、いつか集まれる日が来ると信じて、そのための準備を進めていく、というスタンスで、これから、5月・6月・7月・8月の4ヶ月、続けていけたらと思っております。

で、その集まれる日というか、あ、「集まれる」っていうのは、同じ空間にみんなで体を集められるってことですね。そういう意味で集まれる日が、いつになるのかはちょっとまだわからないんですけども、いまは、こうやって、zoomっていうかたちで集まって、おしゃべりをすることで、「あ、いま、ここにいるんだな」っていう、「現在地」を確かめながら、進んで行けたらいいかな、というふうに、思っております。

こんな感じですかね。よろしくお願いします!

一同
よろしくお願いします!

中島
今回は、いいへんじの4人と、いいへんじのおとなりさんの2人、この6人でやってみようと思います。とりあえずやってみて、わたしたちも、実際に記事になったものを読んだ方も、「こういう企画なんだな」って分かるような、初回にできたらいいかなと思います。



「いいへんじのおとなりさん」とは?


中島
なんか、当たり前のように、いいへんじのおとなりさんって言ったんですけれども(笑)

もともと、MMUのときから、水谷先生と清田さんには、この企画に参加していただきたいなと思っていて。そこで、参加していただくときの、お二人の立ち位置みたいなことを考えていたときに、おとなりさんだなあ、って(笑) つまり、いいへんじがあって、そこにふらっと遊びに来ておしゃべりしてくれる方々、ということですね。どちらかというと「ふらっと遊びに来てくれたらいいなあ」っていう、わたしの願いがこもっちゃってるんですけど。

というわけで、今回、お二人に、いいへんじのおとなりさんとして、参加していただいております。


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中島
水谷八也先生は、早稲田大学文学学術院の教授でいらっしゃいます。いいへんじは、わたしと松浦が大学二年生のときに旗揚げしたんですけど、水谷先生は、その旗揚げ公演、『ハイ』(2017)という公演から、これまでほとんどの公演を観ていただいております。いつもありがとうございます。

水谷
いえいえ(笑)


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中島
清田隆之さんは、普段から、文章を書くお仕事をされていらっしゃいまして、また、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の代表でもいらっしゃいます。長年、たくさんの方の恋バナを聞いて、それを文章になさっています。

清田
はい。

中島
また、清田さんと水谷先生は、「見当識と素材を取り戻す自主ゼミ」という、早稲田大学を拠点とした勉強会を主催されています。


中島
これは、いつ頃からやられてるんですか?

水谷
たぶん、二人で始めたのは、2015年だと思います。それ以前に、一人で、その前身となるようなものは二年ぐらいやっていて。で、途中で、清田代表に手伝ってもらったら上手くいくんじゃないかと思って、やって、今日に至る、という感じですね。

中島
わたしが清田さんとお会いしたのも、自主ゼミがきっかけで。水谷先生に紹介していただいたって感じじゃなかったかと思います。

水谷
あ、そうだっけ。

中島
それこそ、大学二年生ぐらいのときだったかと思います。で、それがきっかけで、清田さんもいいへんじのことを知ってくださって、『つまり』(2018)という公演から、観ていただいていて、いまも、見守ってくださっております。 おります?(笑) 見守ってくださっていると、思います。 ありがとうございます(笑)

清田
ありがとうございます(笑)


中島
水谷先生と清田さんには、いままでも、いいへんじの公演の前後だったりとか、いろいろなところで、おしゃべりをさせてもらっていて。毎回、すごい楽しいな、と思っているんですけども。今回も、快く参加を承諾してくださって、すごいうれしいしすごい心強いな、と思っています。

ここで、一言ずつ、今回の企画について、何かお言葉をいただけたらと思うんですけれども。


中島
水谷先生、いかがでしょうか?

水谷
まず、「おとなりさん」っていう名前をつけてもらって、非常に気が楽ですよね。うん、責任が全くないってわけではないんだけども(笑) 気楽に付き合える感じがとてもいいと思うし、まあ、これまでもそうだったんですけどね。このプロジェクトも、そういう「関係性」をめぐることになるんだろうな、と思っていて、とても楽しみにしています。

一同
ありがとうございます!


中島
清田さん、いかがでしょうか?

清田
そうですね、僕は、東京の下町の商店街で育ってるので、「おとなりさん」に囲まれて育ってきた感覚があるんですよね。僕の家は電気屋だったけど、隣が、薬局だったり、八百屋だったり、喫茶店だったり。で、けっこう、今日はあの家で夜飯食ってこいとか、親に怒られたら隣の家に逃げ込むとか、そういう感じのところで育ってきたので、「おとなりさん」っていう言葉はとても馴染み深いというか。

あとは、自分の世界を客観視させてくれる視点をくれたり、逃げ場所になったり、生活に侵入してくることで偶然性みたいなものがもたらされたりね。そういうのが、けっこうおもしろいな、と思っていて。いいへんじの隣に住んでいる人たち、みたいな感じで、おもしろい視点をもたらせたらいいなとか、化学反応みたいなのが起きて、おもしろい言葉なり発想なりが生まれたらいいな、とか、思ってます。お願いします!

一同
お願いします!

中島
そうですね。わたしたちもこう、なんか、侵入し合えたらいいですよね。 侵入?(笑)

清田
なんかね、それがいいよね。いまは、区切られてますけど、6個に。いい感じに溶け合うといいですね。

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いま、いいへんじが考えていること。(生活編)


中島
今回、新型コロナウイルスの影響を受けて、この企画も、形を変えることになって、10月に予定している『器』の公演も、予定通り実施できるかどうか、まだ「うん」とは言えない状態です。

そうなったときに、いきなり公演のことを考え始めるのではなく、わたしたちはいまどういう状況にあるんだろう、っていうのを、改めて言語化してみる、準備のための準備が必要かな、と思っていて。なので、まずは、【いま】のいいへんじについて、わたしたちの「現在地」について、どうにか、言語化してみたいなと思っています。

こないだ(2020年5月4日)、ちょうど、緊急事態宣言が延長されることになりましたけど、改めて、いま、それぞれ、どんなことを感じてるのか、どんなことを考えてるのか。答えとか結論とか、全然なくていいんですけど、お話していけたらと思います。


中島
松浦さんはどうですか?

松浦
いま、うーん。だんだん、身体が、重くなっていくことが、すごくおもしろくて、ですね。動いてないからだし、歩いてないからなんですけど、本当に毎朝起きるのがだるくなっていったりとか、単純に歩いてて身体が重かったりとか、っていう変化が、わたしはいま、とてもおもしろくて。

中島
おもしろがれてるんだ。

松浦
『健康観察』(2019)をやったときに、わたしは生理痛の痛みがわからない人間だなあ、朝起きるのがつらい身体の感じがわからないなあ、って、思っていて。でも、そういう人たちを演じる機会っていうのが多かったので、興味があったっていうか、気にしていたんですけど。運動量の変化とか生活の変化で、その人の、動ける範囲とか、気力とか体力とかも変化して。それが、性格にめっちゃ影響してる、っていうのが、あの、本当に、おもしろい。だから、自分のこと観察してる。

中島
いままで体験したことの無い、身体の感覚とか時間の感覚とか、そういうのを体験しつつ、おもしろがってる、みたいな?

松浦
そう、おもしろがってます。

中島
『健康観察』のときも、「どんな感じなの?」ってめっちゃ女の子たちに聞いてたもんね(笑) 稽古場に来てくれた人たちに、「生理痛どういう感じで来る?」とか、「どこが痛い?」とか、「どういう姿勢になる?」とか、身体のほうからアプローチしていて、おもしろいなあ、って思ってた。それを体験してるのかな、いま。

松浦
ですね。

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中島
なほこはどうですか?

小澤
うーん、わたしは、焦燥感みたいなものをずーっと感じてます。別に、やらなきゃいけないことなんかそんなにないはずなのに、何かやらなきゃいけないんじゃないか何か忘れてるんじゃないかってずっと心配してて。これは大丈夫なのだろうかって、ずっと思ってたりして、なんか、心だけずっとバタバタしてます。

中島
うーん、そうだよね。なんかさ、区切りがないじゃん。ずっと家にいるから。

小澤
そうですね。切り替わるものがない。ずっと同じ筒が続いてて。最近はすごい時間について考えるんですけど、時間の概念は、人間が勝手に作りだしたものなのか、昔からずっとあったものなのか、単位をつけたのは人間だけど、犬とかはその単位とかを感じずに生きているのか、って考えてて。

犬は、いま、家族がたくさん家にいるっていう状況がいつもとちがうっていうか、そういう中で、彼はどう感じてるんだろうか、何か異変を感じてるんだろうか、みたいなことを思って。でも、彼にとって、家の外の世界は彼に何も関係ないから、時間とかをどうやって感じ取ってるんだろう、っていうふうに思ったりもして。

あと、最近、3時とか4時とかに寝て11時とかに起きるっていう生活で、でも、めちゃめちゃ、それがハマってしまったんですよ。

中島
そのサイクルでまわってる?

小澤
そうです。社会的な時間からは外れた小澤がいて(笑)

中島
今までは、どちらかというと、健全だとされている時間に寝起きしてたんだ。

小澤
そうですそうです。6時に起きて、昼に活動して、23時に寝て、みたいな。でも、それがほとんど逆転してしまって。そうなると、なんか、「22時から2時までの間(ゴールデンタイム)は寝なきゃ、とかも、おかしくないか?」って思って。「日本の22時から2時ってアメリカの22時から2時ではないのに、なんでその時間に食べると太っちゃうんだろう、それはおかしい!」みたいな(笑)

松浦
思う思う!(笑)

小澤
で、「食べてすぐ寝ちゃう時間だから太っちゃうんだ!」と思って。「22時に食べたら2時ぐらいまでは寝ないでおけばいいんだ!」と思って。

松浦
わかるー!(笑)

小澤
今まで暮らしてた時間がどんどんこうやってズレてって、生活が整ってきてて。そういうふうに、時間について考えてます。

中島
いま聞いてて思ったんだけどさ。マルだっけ、犬の名前?

小澤
はい、そうです。

中島
マルにとってはさ、小澤家が、全世界なわけじゃん。散歩とかはする?

小澤
散歩します。けど、家の縁くらいしか行かないです。

中島
あ、そうなんだ! なんか、川とか行かないの?(笑) 犬飼ったことないから全然わかんないんだけど(笑)

小澤
全然行かないです。家から10mも離れないところで。

中島
へえー。じゃあもう、ほぼほぼ、小澤家が全世界なわけじゃん。それで世界が回ってるわけだから、いま、マルからしたら、突然、世界の変化が訪れてるわけだよね。「なんかずっといるんですけど!」みたいな(笑)

小澤
思ってるんだろうなって、思います。

中島
マルの世界は小澤家、みたいな感じで、わたしたちがそれぞれ「世界」だと思ってるものってたぶんそれぞれちがうよね。流れてる時間のこととか、いま、みんながそれぞれ考えてるし、家にいなきゃいけないってなったら、いままで「世界」だと思っていた範囲が極端に狭まっちゃって、考えちゃうよね。焦るのは、めっちゃわかる。


中島
ともかはどうですか?

飯尾
最初に、コロナで、色々中止になったときと比べると、慣れてきました。焦りとかはたまにはあるんですけど、けっこう、怠惰でいることに慣れてきて。コロナの前の、公演とか学校とかでいろんなものに追われて忙しかったときに戻れない気がして、それに、焦ってます。

中島
あー、わかるー。

飯尾
もう戻れない気がするし、学校行けない単位取れない、みたいな(笑) 宿題ちゃんと期限までにもうできなかったらどうしようとか、そういう、怠惰慣れをどうやって脱却するかを考えてます。寝る時間もおかしいし。

中島
ちなみに何時に寝てる?

飯尾
結構不定期なんですけど、割と、5時とか6時とかまで起きてて、そこから寝るとかも結構よくあって。

中島
そうなっても、おかしくはないよね(笑)

飯尾
でもやっぱ、活動してる時間がずっと暗いと、精神的に、けっこう、きます。

一同
あー(笑)

飯尾
寝ないで、朝日を見てると、しんどくなります。

中島
しんどいよ、しんどいよね。

飯尾
その時間に自分が寝れてないのが、周りに人がいないのも加わって、社会から疎外されてる感がすごくて、なんかもう、仲間に入れない気がしちゃうときとかあります。

中島
怠惰慣れも相まって、「もうこのままもう戻れないのかもしれない(泣)」みたいな?

飯尾
たまに思います(笑)

中島
なるほどねー。なんか、どうなるんだろうね。たとえば、感染状況が落ち着いてきたらさ、また同じリズムで始まるのかな、社会。朝早く起きて、満員電車で、みたいな。わたしは、もうこのまま戻らないでくれたらいいなって、半分思ってるの(笑) 「え、みんなこっちでよくない!?ぜったいみんなこっちのほうがいいでしょ!?」って(笑)

何事もなかったように、社会のリズムが元に戻っちゃったら、ちょっと、学ばなすぎだなって思う。テレワークでもできるってわかったじゃん、みたいな。「いやいや、あれは特別だったから」みたいな感じで、また満員電車で通勤させようものなら、二ヶ月間めっちゃ頑張って「密」を減らしてたのがばかみたいだもんね。変わっていってもいいなって思うところは、これを機に、変わっていったらいいなって思いますね。

それなら、ともかも、朝日を見て悲しくなることはないのに(笑)

飯尾
(笑)

中島
ともかに朝日を見て悲しくなってほしくないって思った。

一同
(笑)

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中島
わたしは、けっこう、この期間に、逆にリズムができたのね。逆に規則正しく生活できるようになって。いままでそんなこと全然なかったのに。自分のベストの睡眠時間が1時から9時までの8時間だっていうことに気づいて、健康状態もすごいよくて、なんか、ここ数年で、一番健康なんじゃないかっていう(笑)

Youtubeでヨガの動画見ながらヨガやったりとか、エアロビの動画見ながらエアロビやったりとか、なんか、運動しちゃってるし。なんだろう、外部からのプレッシャーがないからか、逆に、なんか、健康になっちゃってて。

一同
(笑)

中島
今までのなんだったんだろうみたいな(笑)



いま、いいへんじが考えていること。(演劇編)


中島
ここまでは、個人として、家で生活してるってことに関してだったと思うんですけど、次は、演劇に関わる身として、いま、感じてることや考えてることを話せたらと思います。

この期間、わたしたちはそれぞれ公演中止を経験しているんですけど、そういうことも踏まえて、演劇に関わる身として、っていう視点でいうと、みんなそれぞれどうですか?


中島
じゃあ、さっきと同じ順番で行こうか。 みる、どうですか?

松浦
演劇をやってる人たちが、文章とか声とか映像とかで、この現状をどう思ってて、今後どうなると思ってて、みたいな話をしているし、そういう集まりに実際に参加することも増えて、いま、一生懸命、考え中ではあるんですけど。

だんだん、演劇の演劇たる所以とか、考えていて、いまこの会えない状態で、いままでと一番近い形で演劇をやろうとしたときに、なんか、俳優って要るのかな、って考え始めてしまって。

たとえば、脚本があって、声の指示があって、それをお客さんがその場で実践することで、それが演劇になるとか。演劇において、観ている側の環境がめちゃめちゃ大事だってことが分かってきたんですけど、そうなったときに、目の前に俳優がいる意味っていうか、ていうか、そもそも俳優がいなくても「この現象は演劇的だ」みたいなことを言ってる人もいるので。

えー、わたしじゃあ、もし今後、この形の演劇がなくなる、変わる、ってなったら、わたし、どうなる、どこ行くんだろう、って。ちょっぴり不安です。いやでも、まあなんか、何も考えてなかったってことなんですけど。

中島
何も考えてなかった、っていうのは、コロナの前ってこと?

松浦
うん。当たり前に、舞台俳優っていう立ち位置があったから。ただ、人がいる前で演技をするっていうだけでは弱いんだな、って思ったりしてます。

中島
その考えに至ったきっかけとかってあったの?

松浦
リモート演劇の、やってる側のも、観てる側のも、従来の舞台と比べての感想とかを読んでた。

中島
それで、いままで劇場として使ってた場所、演劇がなされてた場所の、条件として、俳優っていうよりは、どちらかというと、そこで演劇とされてるものを体験してる人がいるってことのほうが重要なんじゃないかって、考えるようになったんだ。

松浦
そうそうそう。目撃してる人が、演劇たらしめる条件なんだなあってことがわかって。

中島
じゃあ、けっこう、俳優って何なんだ、みたいなことを考えてるってこと?

松浦
そうそうそう。そしたら、映像のことがわかってる俳優の方が、生き残るというか、必要ではあるのかな、みたいな。

中島
うーん。まあ、需要の話で言ったら、そうだろうよね。

松浦
需要、あ、そうね。需要はそうだね。

中島
いま、「リモート演劇」はけっこう増えてるし、各団体、各企画で、いろんな工夫がなされてるけど、やっぱり、どうしても、映像のお芝居と演劇のお芝居って全然違うから、結局、その変化に適応できるかできないかとか、もともとそういう素養があったかとか、みたいな、クオリティの話になっちゃう、って思ってて。そういう現状があると思うのね。で、観てる側には、ほとんど何の負荷もかかっていなくて、パッ、って、ブラウザバックできちゃう、っていう。「だからといって、映像用の技術を磨けばいいってことなのか?」っていうのは、思ったりするけどね。

感想とか見てても、「演劇ではなかったけど、お芝居ではあった」っていう言い方をする人が、けっこう多いじゃない? でも、じゃあ、いままで演劇を主にやってた俳優さんは、お芝居ができるようになればそれでいいのかな、って、みんなはどう思ってるんだろうって、演出家としては、いつも思いながら観てるのね。自分ではないものを演じるっていうことができればいいっていう人もいるだろうし、そこに違和感を感じる人もきっといるんだろうなって。

松浦
なんかね。演劇だと、もともと、誰かを演じるっていうことじゃないものもいっぱいあるじゃないですか。役名とかない、みたいな。

それは、俳優とダンサーがどうちがうかってことで、わたしは全然言語化できてないし、俳優じゃなくても、舞台に立ってそこにいるだけで、演劇になれちゃうこととか、わたしはまだ、自分で、整理ができてない。ずっと、それは、すごい大事な問題だぞ、とは思ってたんだけど。

きっと、リモート演劇のままで落ち着くことはないだろうから、これから形が変わるとは思ってるんだけど、そのときに、俳優が演技をする必要はない、というか。お客さんの前に立ってるだけで、成り立ってたものが、できなくなったときに、「ああ! ええ? おお! 代わりに何ができるのー?」みたいな(笑) ことをねー、思うけどねー(笑) って、感じです。

中島
なるほどねー。


中島
なほこはどう?

小澤
なんか、わたしも、演劇って何だろう、っていうことを、こないだからずっと考えていて。やっぱり、同じ空気を吸ってて同じ空気に肌が触れてて、それで伝わる熱感みたいなものが、わたし的に演劇のすごいおもしろいこと、好きなことだったんで、それができなくなっちゃったときに、「リモート演劇」っていう言葉も、あんまりよく理解できなくて、「それは演劇ではないのではないか?」と思いつつ。

じゃあ、空間を共にしてるっていうことを考えたらバーチャル空間でもいいのかなあ、とか、思ったけど、「えー?」みたいな、感じで。なんか、もし、全員人々が隔離されてなきゃいけなくて、俳優同士も会うことができないってなったときに、VRを家でつけて、同じバーチャル空間に集まって、ホログラム的な感じで、空間を作り出して、

中島
ヴォン、ってね。

小澤
全員、家にはいるんだけど、あるところに空間があって、そこで演劇やってるみたいな。極端に考えたら、そこまでいけばいいのかなって思ったけど、それってすごい錯覚っていうか。VRって、人間の全ての感覚を鈍らせて騙して作ってるようなものな気がして、それってどうなんだろうって思って。

だから、演劇って何だろうってことをずっと考えてて答えは出ない、みたいな感じなんですけど、でも、いま話を聞いてて思ったのは、最近、こうやってビデオ通話とかしてて、なんか、「や〜、人間ってすごい技術を生み出してきたんですね〜」って思うんですけど。

一同
(笑)

小澤
遠くにいる人と、コミュニケーションなんか取れなかったはずなのに、会話ができちゃってるって、すごい不思議で。で、こうやって、遠隔のコミュニケーションがいつどうやって始まったのかなっていうのを考えたときに、手紙まで、遡ったんですね。手紙から、同じ空間にはいない人と、思考の交換ぐらいはできてて、それが、電話とかメールとかチャットとか、どんどん瞬間的になっていって、技術的な進歩の中で、どんどん人間のコミュニケーションの取り方とかは変わっているけど、演劇においては、変わってないのかな、って。「舞台! 客席! 同じ空間! 同じ空気吸ってる!」みたいなところは、変わってないのかな、って、思って。

変わらずあった演劇が、コミュニケーションの取り方がどんどん変わっていってる流れに、追いつかなきゃいけない、みたいなふうになってて、それはそれでなんか、安易な感じだな、って。

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小澤

昨日、ニュースを見ていて、お笑い芸人のリモート漫才の特集が組まれてて、「いまはSNS世代の若い芸人がこうやって時代を作っていくんですね!」みたいな、希望に満ちたコメントをコメンテーターの人がしてて、「ちょっと待ってよ」と思って。そこで、演劇のこともちょろっと触れられてて、「そういう演劇もあっておもしろいと思います!」って言ってて、こう、なんか、「おおおお????」みたいな。

ちょっと、わたしは、そういうのついていけないな、っていうふうに思ってて、でも、余儀なくされてる部分もあるから、どうしていけばいいんだろうな、って考えてるところですね。

中島
わたしも、まだ、とまどいがある。自分も、リモート演劇に出演したんだけど、やっぱり「演劇をした」とは思ってなくて。ビデオ通話の様子を撮影するっていう作品で、やってる分には楽しかったんだけど、実際に公開されたYouTubeの画面を見たときに、「あ〜、わたし、別に、演劇はやってなかったな〜」「今までやってたことを、何も活かせてなかったな〜」みたいな。「とりあえずセリフ読んじゃっただけだったな〜」っていうのは、正直、感じてて。だから、いま、みんなが、リモート演劇、オンライン演劇、って呼んでるものに対して、ちょっとしたアレルギー反応がある。まだ。「ん?」っていう。「ん?」っていうのが、ある。


中島
ともかはどうですか、演劇に関して。

飯尾
んー、なんか、わたしもあんまり、リモート演劇が、まだ好きになれなくて。で、演劇をやってる周りの人とか有名な人とかが、どんどんリモート演劇をやってたり、あと、「いまこの状況で、演劇はこれができるぞ」っていうのを、文にしたり声にしたり映像にしたりして、出してる、っていう状況が、けっこうきつくて。「わたしたち、いまでも、演劇やってます!」みたいな空気がちょっと耐えれなくて。これがあまりにも続いたら、劇場には行きたいし、劇場で見たいし劇場でやりたい気持ちはあるんですけど、でも、演劇のこと好きじゃなくなっちゃいそうな感じがして、「これが演劇だ」っていう空気にずっと晒されてまで続けたいって思えなくなりそうだな、って、最近は思ってます。

中島
なんか、いま、形にできてるひとは、見えるじゃん。いま、わたしたちにできること、みたいな感じで、作品の形にできてるひとのものは、それが見えるけど、いま、こう、悶々と考えてるひと、いままで劇場でやってきたことについて考えてるひとのことって、見えないからね。基本的に、見えないひとのことは、みんな、見てくれないから。普段、劇場で演劇やってるだけだったらニュースで触れられることなんてないのに、「こういう状況になってもオンラインでやってますね」みたいな。「いつもは劇場でやってるみたいですけど、いまはオンラインでやってますね」っていうとところだけがなんか、ボオオーーン!って(笑)

「あ、これから、演劇はそういうふうになっていくのかな」って感じで、多くの人に見えちゃったりとか、「そういう流れにわたしたちも乗っていかないとね」みたいな空気になっていっちゃったりとかして、そこで、考えてる人が何もやってない人みたいな感じに見られるのは、なんか、不本意だよね。

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松浦

なんか、いままでもさ、演劇をやってるってことが、演劇にあまり近くない人から、プラスにとられることってあんまりなくて。貧乏でバイト生活みたいなイメージがあって、「演劇をやってる」って言うと、最初にそれを言われる、みたいな。世間からこういうふうに見られてるっていうことと、上手く付き合ってやっていくしかないっていう状況は、いままでもあったと思うんだけど、そこにプラスして、「リモート演劇ってあったよね、あれ面白かったよね、〇〇さんもやってたよね、やらないの?」みたいな。これからはそういう言葉もセットになってやってくるから。だから、演劇って、ちゃんと、近くにいない人たちからのイメージと、印象と、付き合っていかなきゃいけないっていうのがあるな、と思ってます。そういう人たちに受け入れられるかどうか、みたいなことはまた別として、そういうイメージがついたんだなっていうのは、とっても大きいって、思ってる。思ってます。


中島
ここまで、何が正しいのか、何が正しくないのか、まだ、誰も何もわからないまま、個人の生活のことと演劇のことで、もやもやしてることを、わーってしゃべったんですけれども。

このあとは、いいへんじが、いま、こういう、もやもやした状態から、じゃあどうできるかな、ってところを考えていくために、じゃあ、【これまで】のいいへんじはどうだったのか。活動していたわたしたちはもちろんなんですけど、活動を見ていただいていたお二人と一緒に、振り返ってみたいと思います。


(構成・編集:中島梓織/イラスト:飯尾朋花)



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早稲田大学演劇倶楽部出身の中島梓織と松浦みるを中心とした演劇団体。2020年4月より、中島梓織、松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子の四人体制。答えを出すことよりも、わたしとあなたの間にある応えを大切に、ともに考える「機会」としての演劇作品の上演を目指しています。

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