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【再掲/🆗】 静かの海より愛を蟌めお


 こちらは2023幎6月22日に掲茉した『静かの海より愛を蟌めお』の再掲版です。
 再掲シリヌズにちょいちょい出おくる藀厎春子さんず安田康倪のお話で、性的描写はありたせんが、倧人向けです。『わだ぀みの沈黙』本線から倧䜓15幎埌くらいの二人で、本線をご存じなくおも『ああ、たた幎の差劖怪のせいなのね』ず思っおいただければ倧䞈倫です。

 リク゚ストありがずうございたした。
 二人の銎れ初めにあたる『なるほどこれは恋ではないが』もお受けいたしたしたので、ちょっずたっおね。

◇ ◆ ◇

⬇ 前回の再掲はこちら

⬇ 春子さんず安田くんの再掲はこちら


◇ ◆ ◇ 以䞋本線 ◇ ◆ ◇




 他人のこずをずやかく蚀えるような生き方はしおいないけれど、安田康倪ずいう遺䌝孊䞊の分類においおは少なくずも圌は同じずころにずっずいるずいうのがどうにも苊手なようだった。

 雚の日の真倜䞭に宇宙ステヌションぞず倉身する秘密のマンション、近くに倧きな川が流れおいる赀い屋根の䞀軒家、こじんたりした感じの良いアパヌトの䞀宀を、蝶が花から花ぞ枡るようにかろがろず転々、おそらく自分が知らないだけで他にもいく぀か拠点があるのだず思う。

 いずれにおいおも共通しお藀厎春子の油絵を食っおいる。絵を描いた時の春子の気持ちに盞応しい額瞁をなぜだかぎったり芋぀けおきお、きちんず収められた倧小様々、色ずりどりのそれらの党おが持぀タむトルたで芚えおいるのだから䞍思議だった。
 氎商売をしお長い人間の習慣、職業病だず圌は蚀う。

『絵が増えたから、矎術通巡りみたいで楜しいわ。い぀でも特別展瀺みたいなのよ』

 蚀いながら笑っお、柔らかい垃で額瞁ずカバヌをピカピカに拭き、たた別の拠点ぞ移動する。

 春子は『宇宙ステヌション』ず二人で呌ぶようになったマンションの䞀宀に䜏んでいた。
 正確には『䜏たわされお』いる。

 去幎、36歳で倧病をした。
 幞い発芋が早く倧事には至らなかったものの、術埌驚くほど䜓力が萜ちた。絵を䞀枚描き䞊げるのにも今たでの3倍時間がかかるようになり、ずおもではないが20代の頃のようにペヌロッパ諞囜や南アメリカ、人間を拒む癜き霊峰、赀道近くの矎しい海に浮かぶ島々、閉ざされた密林の奥地をフラフラきたたに歩き回るこずもできなくなった。

 それならばせめおもの慰めに、ず安田がプレれントしおくれたのはNASAも驚く秘密の『宇宙ステヌション』だった。
 
◇

『そうか、私も人間だから、い぀たでも倉わらないわけではないんですね。』

 病院にいる間ほが毎日、面䌚時間終了の30分前にそっず珟れる安田にそう告げるず、五十路を控えお険しさが抜けた现面の圌は『ふふふ』ず意味深に笑っお優しく頷いた。
 病院偎が1番静かな個宀に入れおくれたから、気持ちは穏やかだった。メディアの突撃もない。安田曰く『れヌ君からのお瀌よ』だそうだ。

 れヌ君、即ち鳎川嶺二氏の正䜓は未だにいたいちよく分からないが、どうやらこちら方面にかなり融通が利くらしい。
 心圓たりがあるずすれば、  お瀌をされるほどのこずではないず思うが  鳎川倫劻のずころに『みどり』ずいう名前の䞀人嚘これがたた、信じられないほど可愛いが生たれた時、健やかな成長を願っお若葉を茂らせる倧暹の絵を莈った。
 その名のたこずは緑か翠か、それずも矎鳥か  。
 でも、鳥では飛んでいっおしたう。自分の翌で遥々ず飛び立っおのぞむ景色も良いが、逞しく根を挲らせお枝を匵り、飛び疲れた鳥を憩わせるこずもたた良いのではないか。
 色々ず考えた倧暹だった。
 青いリボンをあしらっお莈ったその時にも、倫劻からは盞圓感謝された気がするのだが、䟡倀芳はそれぞれらしい。
 安田は恐瞮する春子に蚀った。

『あの人たちは本圓の意味で豊かだから、自分たちの子どもだけの為に、プロがアむディアを出しお、時間をかけお、絵を描いおくれるこずの意味ず䟡倀が分かるのよ。リボンだっお、倧事に取っおるんだから。䞖の䞭そういう人たちもいるのよ。』

 そういうものなのだろうか。
 䞖間に疎い春子にずっお、安田康倪は教育係のような存圚でもある。圌が蚀うなら、ずりあえず『そういうものなのか』で玍埗するこずにしおいた。

 日々、そういった信頌関係を織り、10幎。
 
◇
 
 入院した季節は倏の頭頃、前日の雚の気配が残る湿った空気がたっぷり満ちた倜。芋舞客甚の䞞い怅子に座る安田は倧昔、若い春子に海産物シャツを奪われお以来、季節の花をモチヌフにした鮮やかなアロハを着おいお、その日、䞖界で1番矎しいサックス・ブルヌの玫陜花暡様が圌の『お芋舞いの花束』だった。

 たばらな癜髪が嫌だからこために染めおいるずいう髪は柔らかいグレヌで、春子もその色が奜きだった。奜きなものは欲しくなる。昔から、自分は欲匵りだず思う。だから、安田さんず同じように髪を染めお、私もその玫陜花のシャツが欲しい、ずおねだりをした。

『なんでも真䌌っこしたがっお、困ったわねえ。もうお姉さんなんだから、ちゃんずしなさい』

 安田はその堎ではそうしお呆れたような蚀い方をするけれど、結局、春子のおねだりはい぀でも党郚叶えおくれる。

 それにしおも病ずいうのは本圓に、気持ちずいうか、魂を蝕む。生来髪の色は明るい方だが、接波にやられお真っ癜になっお、䞀床すっかり抜け萜ちおから生え戻った髪はもっず明るい玅茶色になった。気に入っおいたのに、1回目の手術埌、薬は効いおいるが、どっず老け蟌んでしたった。
 髪の毛がただらの癜髪になっおいるのをみお、驚いお、泣いた。
 安田はそのずきも偎にいお『可哀想に。倧䞈倫よ、藀厎さん。髪の毛は染めたしょう。いい矎容宀、教えおあげる。』ず抱きしめおくれたから、嬉しかった。

 い぀でも芋守っおくれおいた叔父は、春子が30歳の時に急逝しお、その盎接の死因ずいうのが、たさに春子ず同じ病だずいうから遺䌝ずいうのは倧倉な嚁力のものだず身を以お知った。
 圌がその病に斃れたずき、看護垫である叔母から勧められお怜査をしお、それで芋぀かった。

 人の死の積み重なりの䞊に生きおいる。
 そう思った。

 問題は2回目の術埌だった。
 芚えおいないが意識が戻らず、心拍も芚束ず、芪族に連絡がいった。目を芚たすず数え切れないほどの人間の病や死を吞った癜い倩井がのっぺり広がっお、やがお圱を結んで、認識した先に䞡芪は居たが安田がいない。
 家族以倖は面䌚できなかったそうで、春子はそのずき『そうか、家族ではないのか』ずやけに残念に感じた。

 そうか、私が死んでしたっおも、安田さんに連絡が行くのは、順番的にはずっず埌ろの方なのか。
 
 幞い意識が戻っおからの回埩は早かった。
 面䌚が公に蚱可された月倜の晩に、オレンゞ色の矎しい鬌癟合暡様のシャツを着た圌が珟れた。

 昌には吉岡倫劻が静かに蚪ねおきおくれお、鳎川倫劻も、同じように静かに様子を芋に来おくれた。路海も葵も手を握っおくれた。冷たくおすべすべの、柔らかい、女の人の手で安心した。
 握手の䜙韻をお守りにしお、ずろずろ、うたた寝しおいるうちに倜が来た。
 圌はい぀でも、倜ず䞀緒に。

 いい倜だった。
 嵐が、熱気をはらんで滞留する空気の塊をごっそり持っお行った埌、月も星もぎかぎかする倜。昌の日差しは匷すぎお、倜にしか来ない安田。薬の副䜜甚、匷烈な眠気に浮き沈みしながら埅぀自分。

『あら、なによ、結構元気そうじゃない。もっず悲壮感があるかず思っおたわ。ああ、はいコレ、こないだのアゞサむシャツよ。䞉途の川、枡り損ねたんですっおね』

『せっかくだから、そのアゞサむシャツを着お枡ろうず思っおいたんです。これで心眮きなく枡れたす。』

『  じゃあ、あヌげない。やっぱナシ』

『えっ』

 埋儀にクリヌニングに出したであろうシャツが入った包みをヒョむず䞋げられる。春子は驚いた。今たで䞀床だっお自分のわがたたを断られるこずはなかったから。
 
『楜しみにしおいたのに』

『アヌラ、残念だったわね。良いシャツなのよ。うっかり奪衣婆に取られたりしおも勿䜓無いし』

『ダツ゚バ』

『リネン宀勀めのおばヌちゃんみたいなもんよ。川枡る人の服集めお掗濯しおくれんのよ。』

 説明しおくれるのはありがたいが、包みを本圓に䞋げおしたうのが筆舌に尜くし難いくらいに悲しかった。そうは蚀っおも病の残穢は内臓に重く残っおいお、気持ちも匱り、36歳にもなるずいうのに涙が溢れお困り、安田はもっず困った様子で『瞁起でもないこず蚀うからよ。もう蚀わないっお玄束できるならあげるわ』ず目元を拭いおくれた。

 嬉しくなっお『今着たい』ず蚀いかけお気づく。
 その指。
 巊手の薬指に、芋慣れない指茪があった。

あ、目、芚めなきゃ良かったなあ。

 本圓にそう思った。
 10幎。
 初めお『宇宙ステヌション』に招埅しおもらっおから、䞀緒に過ごすこずは倚かったけれど、別に付き合っおはいなかった。安田は拠点を枡り歩き、自分は日本にすらいなかったし。
 関係性に名前がないこずに気づいた頃には『圌氏』ずか『圌女』ずかいう幎霢でもなかった。
 安田が劻を貰っおも、䜕も悪いこずではない。

 でも。
 でも。
 そんな。

 Je suis triste.
 I’m sad.
 Malungkot ako.
 我埈悲䌀
 TÃŽi buồn quá.
 悲しい。
 私、寂しいよ、安田さん、そんなの。

『  あの、指茪、それ  』

『なによ、真䌌っこしたがらないの』

 ニダッ、ず笑う倜の蝶のなんず意地の悪いこず。
 チラチラ现長い指を躍らせおみせる。
 春子はもうどうあっおも絶察に、同じ指茪が欲しくお欲しくおたたらなくなった。

 術埌目が芚めなかったこず、きちんず額に食っおもらっおいるたくさんの絵のこず、同じ病で助からなかった叔父のこず、安田は家族ではないから春子の死を知る順番が遅いこず、その逆もたた然りだずいうこず。

 たくさんのこずが、どっず抌し寄せお蟛い。
 瞋り付くものが欲しかった。
 圷埚わせた芖線、怒激の䞭、きらりず涌しく光ったのは安田のすっきりした手のひらに茝く金色、これっぜっちの茪、今日の倜空から拝借したような。

『私も』
 
『うん』

『私も、その指茪が欲しい。』

『いいわよ。あなたかわいいから、倧サヌビスしお、月の石が぀いたピカピカの新品あげちゃうわ。だからさっさず退院おし。あたしったらそろそろ五十なのよ。埅たせんじゃないわよ。寿呜の方が来ちゃうじゃないの』

 环々ず積もる死の䞊に、それでもただ私の呜が続くずいうなら、この人ず生きなくおは。
 ほっそりしたその手を掎んで思った。

 生きなくおは。

◇

 明け方にかけおひどくなるずいう雚のおかげで、ビルの矀れに隠れるような秘密のマンションが『宇宙ステヌション』になっおいる。
 退院しお早3ヶ月、もうすっかり冬だ。
 雪に転じなければいいが。
 
「䜓、冷やしちゃダメよ。コレお茶、ロミ子ちゃんがホラあれ、冷え症のや぀くれたから。ゆっくり飲みなさい、ポット入っおるから気を぀けお出しお」
 
 安田は週に3日ほど『宇宙ステヌション』に遊びに来る。さすがに䞍動産を玠盎に受け取れるような育ち方はしおいないので、買い取りたす、ず申し出たが党く取り合っおもらえなかった。名矩もしれっず春子に倉えられおおり、そのため、本圓に『遊びに来る』のだ。
 それで、遊びに来たら来たでこれだ。芪か。
 
「安田さん」
「うん」
「きお」

 隣に座っお欲しくお呌ぶ。
 倧きなベッドだ。二人で瞁に座っお、少なくずも自分たちが生きおいる間は倧しお倉わらないであろう巚倧な駅を芋䞋ろす。盞倉わらず迷子になるから、滅倚に䜿わない。
 
「そういえばお茶もそうだけど、本題はこっちよ」

 もたれかかり、背䞭をさすっおもらっお心地よく埮睡んでいるず、安田が懐から小さな箱を取り出した。孔雀の矜の䞭でも䞀頭矎しい緑、それず同じ色合いの、ビロヌド材を斜された箱。

「䞀緒に受け取りに行けなくお、残念だったわねえ。颚邪治っおからにすればよかったのに」

「ううん、いいんです。埅ち切れなかったの」

「䜕よ、腹立぀くらいかわいい。腹立぀」

「血圧気を぀けおくださいね」

「ゞゞむ扱いしお、芋おなさいよ、すぐ老人ホヌム行っおやるんだから。ちょっず、颚邪う぀すんじゃないわよ。なんか䞀昚幎あたりから治りにくいのよ」

「  。長生き、なるべくでいいので  」

「  。嫌気がさすくらいご長寿ボケ老人になっおやるから、泣かないでいいのよ。やあねえ、すっかり匱っちゃっお。ごめん、ごめん。ハむ、もう泣かないのよ、いい子だから。ね。あたし自治䜓からアレ、銀杯貰いたいのよ、ホホホ アレでリシャヌル飲んでから死ぬわよ じゃあ、ハむ、いい子の藀厎さんおおお出しお、いいものあげるわ〜、ほら、ゞャゞャ〜ン」
 
 小さな箱がパカッず開く。
 春子が欲しいずねだった指茪、䞭心に埋め蟌たれおいるのはダむダモンドではなくムヌンストヌンだ。い぀だか、宝石の䞭ではムヌンストヌンが1番奜きだ、ず春子が蚀ったから。
 氎商売、おそるべし。

 现かいデザむンは宝食店で䞀緒に決めた。安田の方には内偎に埋たっおいるずいう。いわゆる『男性』デザむンで、掟手奜きの安田の趣味ではないだろう。
 いいのか、ず諞々決めた垰りに聞いた。
 安田は笑っお『いいのよ』ず蚀った。
 プランナヌず指茪のデザむンを決める時も、圌は終始培底しお『圌』だった。
 
 ムヌンストヌン。
 石蚀葉が『健康』ず『長寿』だず知っおいるのだろうか 
 きっず宇宙ステヌションにも掛けお遞んだ月の石だろうに。

「結婚したしょ。䞉途の川、枡りそうになったら病宀乗り蟌んで止め攟題だし」

「順番的には私が先に安田さんを止めるんです」

「安田さん」

「康倪さん」

「よし、なんがでも止めなさい、ふじ  」

 ひょい、ず綺麗なラむンの肩を竊める。
 雚足が匷くなっお、窓の雚粒に光が烟る。
 月の石も䞀緒に光る。
 
「春ちゃん」

 春子は笑っお『はい』ず答えた。
 秘密の宇宙ステヌションの䞭で二人。

 静かの海より愛を蟌めお。




おしたい



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