見出し画像

私時々夢を見る


 私時々夢を見る。
 夫と私の間に赤ちゃんが生まれる夢。
 私時々夢を見てしまう。
 生まれやしない幻の赤ちゃんを抱っこする夢。

 私は子供が好きじゃない。
 夫も子供が好きじゃない。
 この好きじゃないというのは、嫌いだとか憎んでいるだとかじゃなくて。
 ただ可愛いと思うだけ。
 育てられるほど好きじゃない。
 それでも、私時々夢を見る。
 ずっと天国にいるばかりの赤ちゃんが、私たちのところに来てくれる夢。

 例の感染症騒ぎの時、私はまだ独身だった。
 結婚する気もさらさらなかった。
 夫も全然なかったと思う。
 二人とも自分勝手で、それがちょうどよかった。
 赤ちゃんなんかいらないし、結婚なんかクソ食らえと思っていた。
 仕事だけして、自分たちのことだけを考えるので精一杯。
 自分勝手な人ばかりの意見が通っていたあの時。

 私はボロボロになっても働いていて、でも結構元気で、それで夢をみた。
 結婚なんかしたくないと言った夫と結婚式を挙げる夢。
 実験室の冷たい床で、終電を逃して、抗体反応を待つ間。
 冷たい床で夢を見ていた。

 皮膚科のレジデントが私に気付いて起こしてくれた。
 レジデントもボロボロだった。
 レジデントに、夢を見た話をしているうちに泣いた。
 そのレジデントはお腹に赤ちゃんがいたから。
 
 私時々夢を見る。
 夢の中で抱っこしていた赤ちゃんは女の子で、花ちゃんというのだ。
 私も夫も花が好きだから花ちゃんというのだと思う。
 花ちゃんは姪っ子にも甥っ子にも私にも夫にも似ている。
 夢の中で抱っこしているときは一歳半くらいか。
 私に子供の月齢云々はよくわからない。
 でもたぶん一歳半くらいなのだ。
 ピンクの、ミキハウスの靴を履いている。

 私は子供が好きじゃない。
 夫も子供が好きじゃない。
 それでもみる夢の中では、私はお母さんで、花ちゃんを抱っこする。
 花ちゃんは夢のように軽い。
 だって夢だもんね。

 疲れ果ててそんなに深くは眠れないからすぐに起きる。
 実験室で目が覚めて、レジデントに話をするのだ。
 夢の中でだけ会える私の赤ちゃんの話。
 レジデントは慈悲深い女性だから、否定はしてこない。
 みんな疲れ果てていた。

 花ちゃんは天国であなたを待っているんですよ。

 皮膚科の優しいレジデント。
 それだと私が死んだ方が早いみたいに聞こえちゃう。

 私は時々夢を見る。
 天国にいる花ちゃんのことを夢に見る。
 だってうっかり結婚しちゃった。
 どうあがいても子どもが産めないことがわかっちゃった。
 だからつまり、花ちゃんには会えないのだ。
 天国に、生きている体では向かえまい。

 私は子供が好きじゃない。
 好きじゃないけど、みんな元気でいてほしい。
 顔も知らない人々の、子育ての話を読んで微笑む。
 できれば、おとうさんもおかあさんもいてほしい。
 いたところでどうにもならないことが結構、世にはあるけど。
 いるほうがよくないことも、実は結構この世にあるけど。

 私は子供が好きじゃない。
 夫も子供が好きじゃない。
 子供がもしも生まれたとして、花ちゃんが生まれてきたとして。
 私なんかが育てたら、花ちゃんは私みたいになってしまう。
 私にだけはなってはいけない。
 私にだけは。

 私時々夢を見る。
 白衣で、ぼろぼろで、でも抱っこしている花ちゃんは笑ってる。
 
 天国で会えるんだろうか。
 そもそも、私ってば、今世の行いが悪すぎて地獄行き。
 でも夫は天国に行けるだろうから、大丈夫、花ちゃんはおとうさんといっしょ。
 
 夫はきっといいおとうさん。
 私が夢見たおとうさん。

 花ちゃんはもしかしたら私なのかもしれないと思うことがあるけれど。

 私時々夢に見る。
 白衣で、ぼろぼろの私が、おっかなびっくり抱っこしている。
 私も笑っているといい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?