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ソングライツ

2021年10月30日(土) 晴れ
久しぶりに大学時代の同級生と会った。それは、俺が3年生になって加入した「ソングライツ」というバンドサークルの仲間だった。そのサークルを選んだ理由は二つある。ひとつはミッシェル・ガン・エレファントのチバユウスケがそこに入っていたから。もうひとつは、3年生という中途半端なタイミングでも受け入れてくれそうなサークルが他になかったからだ。
実際、ソングライツには規則というものがほとんどなかった。必ず参加しなければならないような行事もなく、必ず飲まなければならないアルコールもなかった。バンドサークルなのにバンドを組まない人もいたし、卒業しているのにバンドを組んでいる人もいた。だから、どこの誰だかわからない人間が一人増えたところで、あまり気にされずに済んだ。鬱によって2年間を棒に振ったような俺にとって、大学生活を始めからやり直したいと思っていた俺にとって、そのいい加減さは救いだった。

ソングライツのおかげで俺は待ち合わせの時間を守らないようになった。バンド練習でも飲み会でも、約束通りの時間に行ったところで誰もいないことばかりだったからだ。遅刻することが当たり前、失敗することが当たり前、練習していないことが当たり前だった。そのルーズさはときに目に余るものだったかもしれないが、良いリハビリになった。一度折り目のついた紙は新品には戻らない。新品には戻らないが、まっすぐ伸ばすためにはいったん逆に折る必要がある。

とはいえ、中途半端なタイミングで加入した俺が、そこに居場所作るのは簡単なことではなかったと思う。その頃の俺はまだアルコールを飲む習慣がなかったし、飲み会でもどう振る舞っていいかわからなかった。他人が居る場所で眠るのが苦手なので合宿や旅行は参加しなかったし、ほとんど全員が喫煙者のなかで煙草も吸わなかった。
そんななかでもっとも役に立ったのが、「ギターを弾ける」という特技だった。そしてさらに、「エイトビートくらいならドラムを叩ける」という合わせ技を使った。ソングライツでは定期演奏会ごとに1回きりのバンドを組むことが多かったから、毎回違うメンバーとバンドを組んで、演奏するたびに居場所が増えていったような気がする。そのうちにビールの美味しさもわかってきて、終電を逃してもかまわないと思うくらい楽しい夜もごくまれにあった。

特に、親しくなったのは一個下の学年のメンバーだった。その親密さは、途中から入ってきた俺とのよくわからない上下関係がゆえに生まれたものかもしれない。浪人も留年もざらにあるから、もはや学年ひとつの違いなんてたいしたことでもないのだけど。彼らの代は人数が少なくて、最後には3人しか残らなかった。その3人とは今でも個人的に連絡を取り合っているし、全員が俺の親友だと言える。挙句の果てに俺は卒業したあと1年間、彼らが卒業するまで一緒にバンドを組み続けた。遅れてきた大学生活を奪い返すように。

「大学は勉強するために行くんじゃない。人と出会うために行くんだよ」
大学進学を決めるきっかけとなった、叔父さんからのアドバイス。俺はその一言がずっと残っていて、自分がここに来た意味をどうにかして見つけたいと思っていた。それは奇しくも、「自分でなんでもやらなければいけない」という自己規範から抜け出すための戦いでもあった。たいしたことのない人間になること。たいしたことのない人間に助けられること。遅刻してもいいし、留年してもいい。楽器を弾けなくても、お酒を飲めなくてもいい。たいしたことのない思い出ばかりで、あらためて感謝する機会もほとんどないけれど、あぁ、俺には必要だったんだなって、思ったのが今日のことだ。

久しぶりに大学の同級生と会った。遅れてきた俺にとって、同級生の彼らはどうしても少し先輩のように感じてしまう。たいしたことないはずなのに、みんな自分よりも立派に見えるのだ。何年経っても。あの頃に抱えていた病的な劣等感を、その影を今でもはっきりと自分のなかに見つけられる。いつも飲まない種類のお酒を飲んで、久しぶりに酔っ払った。終電を逃してもいいかもしれない、と少しだけ思った。

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