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随筆

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中央線

3時すぎの中央線で一番遠いところまで行くのは、どこに着くかわかっているからだ。
ゆりかごにも、母の胎内にも似ていると言われれば納得してきまうような、そんなふうな電車の動き。ぼくは眠くなってくる。眠りに落ちる瞬間をかすめとるためにぼくの詩はあるのだが、なんであのいい加減の時間を書き留めるのにこんなに時間がかかるのだろう。
目を閉じたとき暗闇でなく、ふたごのきょうだいの目が見えたら成功なのだけど。あの

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過去ぶつ

三歳の頃、父母と妹と祖母と曽祖母で越後湯沢へ行ったのがビデオに残っていた。ビデオを見たのは6歳のころで、わたしはそれまで祖母や曽祖母と旅行に行ったことなどないと思っていた。人伝に幼い頃の自分の話を聞き、そういうこともあったのだなと思うのと、ビデオに残っている記録を介して過去を突きつけられるのは、まるで質の異なる体験だ。語るということと、見るということとはわたしたちが思うよりずっと隔たっている。しか

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甘えの構造

ものを書くことがとても恥ずかしいことだと思うことと、高貴なことだと思うことは遠いように見えて、じつは憧れという感情の両極なのだと気づくまでにずいぶんと時間がかかってしまった。畳の部屋で書き物机を前にして悩んでいるふりをしているところを遺影にしたいような気がする。そんな程度にはまだぼくは青臭い。
愛嬌のあるふりをしてひとを欺いて、親に借りてもらった部屋のリノリウムの上で、申し訳なさに今日ももんどり打

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