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居場所探しの長い長い時間

私が『居場所』にこだわる理由。

《いごこちじかんわたしじかん》ができるまで ◆part2◆

とにかく家にいるのが嫌だった


40歳になり自分の人生を振り返った時、楽しいことや嬉しいことより辛く悲しいことで私の心の中はいっぱいでした。『なんでいつも私ばっかり?』これでもかこれでもかと幼少期の頃から、さまざまな出来事が起こり、ごくごく一般的な環境ではなかった。一番楽しいはずの中学、高校時代も、まわりのみんなが楽しく過ごしていた20代も、毎日のようにケンカが絶えない両親、いつも抑圧され何かあるたびに責められ追い詰められる。そんな毎日。家にいる時間が苦痛。いつも気を遣いながら過ごす時間はホッとできる場所ではありませんでした。

29歳で結婚したというと『20代、思いっきり遊べてよかったね』と言われる。そんないいものではなく、結婚願望もない、未来も希望も全くない会社と家を往復するだけの毎日。いつもどこかで『消えたい』『死にたい』と思っていた20代。

って、こんな話をすると『うっそーーーー。今の中村さんからは想像できない!』って言われる。

私のイメージ
『何の苦労もなし』『順風満帆な人生』『幸せな家庭』ってよく言われる。
人前では泣かない。『今』がどんな状況であれ『笑顔』でいること。【がんばること】が、ずっと私の生きる指針でした。
そんな癖が、いつまでたっても抜け切れず、いつしか『強い人』と言われるようになる。

でもね、思うのです。強く見える人ほど、ほんとはもろくて弱いんだと。頑張って生きてきたからこそ、今『がんばること』をやめてみて、見えてくること、感じること、人との寄り添い方も随分と変わったことを実感しています。たくさんのことを乗り越えてきたからこそ、誰かの力になることができるんじゃないか?!

そして毎日が辛いこと悲しいことの連続でもなかったので^^ 楽しい時間も幸せな時間もいっぱいあったけれど、それ以上に“しんどい”と思うことが多かったのだと思います。

あかんたれの私は「死ぬ」勇気なんてありませんでした。『死ぬ勇気があれば、どんなことも乗り越えていける』って心のどこかで強く思っていたんでしょうね。

《余談》
パパさんも、いろんなことを乗り越えてきた人。
私が『何の苦労もなし』『順風満帆な人生』『幸せな家庭』こんなふうに見られてるねん~って話すと「よかったやん。幸せに見られるようになって」と淡々と言う。そうか。良いことだ! でも、あなたにも相当鍛えられたけどね(笑)

~自己承認要求~存在を認めたい認められたい・・・・

いごこちじかんわたしじかんができるまで
◆part2◆つづきはこちらから⇩
https://igokochijikan.com/watashiwawatashi/1588

ブログというツールで発信を始めてから6年。文字を通して綴っている原点は私がこれまで生きてきた時間から湧き出るもの。『生き方』というかっこいいものではなく『生き様』という泥臭いもの。少し長くなりそうですが《いごこちじかんわたしじかんができるまで》お付き合いいただけると幸いです。


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