楽食探訪:ある駅弁への熱き想いが……。
昭和50年に誕生したその駅弁は、
八角形の経木の折に入り、
料亭の折詰のような佇まいをしていた。
大阪・新大阪の駅で売られている、
水了軒の「八角弁当」。
私が長年想い続けている駅弁だ。
最初に食べたのは、中学生の頃だと思う。
旅行の折に、と言いたいところだけど、
それほど裕福な家ではなかった。
親父が大阪に出た時に、何の気まぐれなのか、
お土産に買って帰ってくれた。
駅弁を食べた記憶が残っていない私にとって、
それは跳び上がって喜ぶほどの感動だった。
弁当はお袋が作るものだった時代に、
“外の弁当”が食べられるのだ。
人一倍食い意地の張った私には、夢のような時間だった。
見たこともない、八角形の弁当箱。
蓋を開けると、テレビで観るおせち料理のように、
キラッキラに輝いていた。
庶民が出逢うことのない、
上品な見ための手の込んだ料理が並んでいた。
そう、決して“おかず”ではない、料亭の一品だ。
黒ごま塩がふられた俵型ご飯、西京焼きと思われる魚、
高野・里芋・竹の子などの煮物、いかの雲丹焼き、
出し巻き玉子、昆布巻き、白花豆、しば漬けなどが、
美しく並んでいる。
とは言え、食欲先行の中学生の私は、
ゆっくりと味わうことなく、
ただただ、旨い旨いとがっつくだけだった。
庶民の小せがれに、微妙な味わいなどわかるはずもなく、
あっと言う間に平らげてしまっていた。
ただ、経験したことのない旨さだったことは、
しっかりと記憶している。
その後、一度だけがっつく機会をもらったけれど、
大人になるまでは食べられなかった。
食べられるのようになったのは、
就職して数年経ってからだった。
やたらと出張が多くなり、大阪や新大阪発の時には、
時々八角弁当を買うようになった。
がっつく食のスタイルは変わらなかったけれど、
さすがに、味わう姿勢は身につけていた。
大人になるとわかるもので、
八角弁当は、料理のひとつひとつが
丁寧に作られていることを実感した。
全体的には関西風であっさりしているけど、
噛むほどに、しっかりとした味つけが感じられる。
行ったことはないけど、料亭で出てくる料理は、
こういうものではないかと想像する。
駅弁マニアも認める、これぞ大阪の駅弁なのだ。
その後、何度か味わったものの、
田舎への移住がきっかけで、食べることはなくなった。
食べたいけど、食べる機会がない。
食べられないほど、想いは募る。
あの味わいが口に蘇ることもしばしば。
そして、20年以上の時が過ぎてしまった。
長かった。
しかし、最近その機会が訪れた。
本当にたまたまだけど、急用で出掛けることになり、
往復、大阪を経由することに。
急用だったために、
往路で駅弁を食べるという気持ちの余裕はなく、
また考えも及ばなかった。
思い出したのは、用が済み、
気持ちの落ちついた帰りだった。
そうだ、「八角弁当」が食べられる。
嬉しい。
非常に嬉しい。
20年以上の熱い想いを成就できる。
売り場を見つけると、
そこには驚くほどの種類の駅弁が並んでいた。
一瞬迷ったけれど、
やはり「八角弁当」でなければならない。
早速買って、電車に乗り、出発とともに駅弁を開いた。
おぉ〜、懐しい。
美味しそうだ。
まずは、お茶で口を清め、煮物の里芋から。
上品な味つけに、私の記憶が蘇った。
これよ、これ!
次にご飯を食べ、別の料理に。
くどいようだけど、おかずではなく、料理だ。
しばし感動を味わっていたけど、
ごくごく微妙な違和感に気づき始めた。
何かが違う。
私の知っている「八角弁当」とは、どこかが違う。
味は上品で、美味しい。
でも、味に深みがないというのか、
コクがないというのか。
あっさりとした中にも、
しっかりとした味がついていたはずだけど、
この弁当はひとつまみ分の塩が足りない感じがする。
調味料を減らしているのか、と疑ってしまう。
もうひとつ、決定的な違いを感じるものがある。
食材の質が落ちている。
以前のものとは明かに違う食材もある。
20年という月日の流れで、
仕方なくそうなってしまったのかもしれないけど、
ファンとしては非常に悲しい。
ケチのつけどころがなかった銘品が、
落ちぶれたようにさえ感じてしまう。
残念。
私の想いは、儚くも崩れ落ちていった。
もう、買わないだろう。
たくさん並んだ、他の駅弁を選ぶことになりそうだ。
実に淋しい。
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