【エッセイ】ボラボラ島をバイクで走る。
ボラボラ島には、海があるだけだった。でも、その海はまったく濁りがなく、キレイという表現が俗っぽく聞こえるほど、度を超した美しさだった。
僕と彼女、いや妻、家内、女房は、この美しい海の島でどのように過ごすかを考えていた。実は新婚旅行だったので、彼女の呼び方に戸惑いがあった。やはり、ここでは彼女と表現しておこう。その方が小説みたいだから。
ガイドブックでは、ホテルにはレンタルの自転車とバイク、自動車があるとなっている。島のまわりは1本の道路があるだけで、自転車でも2時間あればまわれると書かれている。
僕たちは迷った。車はペーパードライバー。バイクの免許はあるが、国際免許は取って来なかった。とすると、自転車ということになる。でも、このホテルは島の繁華街や他のホテルから離れたところにある。それに、自転車には乗り馴れていないので、疲れるだろうなぁ、となった。どうしようか。
ふと頭をよぎる思いがあった。ボラボラはのんびりとした島だ。人もおおらかだろう。きっとそうだ。ダメで元々。ええい、バイクを貸してくれるように言ってみよう。
フランス語と原住民の言葉の島だけど、ホテルだから英語ぐらい通じるだろうと、フロントに向かった。と言っても、僕と彼女は英語さえできない。
ドキドキ、ドキドキ。「エクス、キューズ、ミー。プリーズ、レント、ミー、ア、バイク。いや、オートバイシクル」。
国際免許のことを聞かれたら、どうしよう。すると、パレオ(身体に巻いたりする、カラフルな布)を着たフロントの女性は、「スクーター?」と聞いてきた。そうか、スクーターで通じるのか。「イエス、スクーター」と、笑顔で愛想を振りまいてみる。
なんということか。免許証の提示を求めるでもない。いきなり何時間必要かと聞かれた。僕たちは、顔を見合わせ、「やったー!」と心で叫んでいた。取り敢えず、1日乗るつもりで、8時間借りることにした。
ブゥーン、バォーン、バワリ、バリ。変な音をさせながら、後ろに彼女を乗せた僕たちのスクーターは、海岸線を走り出した。
空が青い。この空を見ていると、日本の空は何色だろうかと考えてしまう。海が透明。おかしな表現だけど、水道の水を入れているような感じさえする。
降り注ぐ光の中を、風をきってふたりは走り続ける。互いの想いを背中と胸に確かめ合いながら。などと、片岡義男してしまうほど、酔いしれることができる島なのだ。
ところが、ふたりの格好ときたら、よれよれのTシャツに短パンという、海水浴に来たおじさんとおばさんのスタイル。バイクは、80ccのママさんタイプスクーター。おまけにヘルメットが、アメリカのハイウェイパトロールときている。どうして、こんなヘルメットがあるんだぁ。あまりにも、格好良過ぎる。でも、ふたりは気にしない性格だ。楽しければ、それで良い。
島を一周するには、自転車で2時間だと書いてあったので、スクーターなら1時間も掛からないだろうと、のんびり走った。景色のいいところではスクーターを止め、ボ〜。ポストにフランスパンが入れてあるのを見ては、感激してボ〜。地元のキレイな女性がいては、ボ〜。おっと、これは僕だけだが。そんな時には、僕の頭に後ろから、手がバチッ!。
のらりくらりとスクーターを走らせ、島内一周を楽しんだ。スクーターは壊れることなく、無事帰還した。
そうそう、途中で恐ろしい光景を見たことを書かずにはおれない。眉毛はつり上がり、目はつり上がり、口までつり上がった女性が、自転車をこいでいた。明らかに怒っている。その後方の自転車には、困った顔をした男性。事情はすぐに理解できた。
ふたりのいた場所は、繁華街から離れた、島内のまったく反対側。店も何も無いところ。自転車で島を一周しようと考えたらしい。スクーターで一周してみたら、走っている時間だけでも2時間は掛かった。つまり、ガイドブックは嘘つきだったのだ。
新婚旅行らしいこのふたりは、それを信じたに違いない。疲れ果て、口もきかずにホテルを目指していたのだろう。きっと離婚するぞと、僕たちは人の不幸を笑ってしまった。本当に離婚していたら、ごめんなさい。あの時、スクーターを借りなければ、僕たちも離婚していたのかな。いやぁ、良かった、良かった。
何事もそうだけど、とにかくやってみること。特に旅行先では。失敗しても、想い出が増えていくのだから、良しとすること。
僕は元々「とにかくやる」タイプだけど、彼女も旅行以来、同じタイプになりつつある。ふたりで何でもやってみる。それが、生活を楽しいものにしていった。