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話し合う前の段階  (ミウ)

【ミウ】

 大会が終わった後は三々五々に帰り、残り短い夏休みが始まる予定だった。
 夏休みが明けたらすぐに文化祭でのライブが控えている。歌詞作りや宿題のこと。やるべきことをリストアップすると、この休みは貴重な時間だった。
 しかし・・・、

 「芸能プロダクション・プレジャー/マネージメント事業部/次長・阿南リョウ・・・」

 マキコは何度も名刺を読み上げた。声には出さなかったが、皆、彼女と同じことを繰り返している。私たちは芸能プロにスカウトされたのだ・・・。
 急遽ヒロナの家に集まり、会議をすることになった。詐欺の可能性もあるため、すぐに検索をかけてみると、会社は本当にあるらしい。それもかなりの大手だった。

 「調べたけど、有名アーティストばっかりいるね・・・」

 私は手放しに喜ぶことができなかった。あまりにも現実離れしている。もし、この話が本当だとしたら、人生に関わってきてしまう。まだ高校生なのだ。受験すら始まっていないのに、そこまでスケールの大きなことを考えることは避けたかった。もっと小さくてよく分からない会社だったら変な期待を持たずに済んだのに。

 「これはチャンスですよ。あたし、これまでもスカウトされたことがあったんですけど、こんなに大きな会社から声がかかったことはないです!」

 マキコは舞い上がっていた。
 大会後は遊ぶ予定が詰まっていると言っていたが、そちらは大丈夫なのだろうか。やっぱり、これだけ華がある人間はスカウトをされるんだな。それなのに、どうして芸能界に入らなかったのだろうか。
 彼女の興奮と反比例するように頭の中は冷静になるが、議題とは違うところに焦点があってしまう。

 「うーん・・・」

 ヒロナは頭を抱えていた。このバンドを作った彼女は、どんな未来を描いていたのだろう。何も考えていないように見せて、人一倍の集中力と思考力を持っている。バンドの方向性を考え、演出、事務的な作業も一人でこなしてしまう。
 阿南さんの前では気丈に対応していたが、ここではミケランジェロの彫刻のごとく、考え込んでいた。

 「普通、入りたくても入れないような大手ですよ? そんな考え込むようなことじゃないですよ」

 マキコはどこまで考えているかはわからないが、完全に乗り気らしい。その理由が知りたい。大手は何が違うのかが分からない。人生の展望について知りたい。

 「うーん・・・」

 ヒロナはずっと唸り声をあげて、自分の頭の中で何かをシュミレーションしているようだった。そろばんを弾いているように、目をキョトキョトと揺らしている。マキコの言葉には答えず、思考を止める気配がない。勉強中によく見る集中モードに入ってしまった。

 自分の中で言葉が生まれてこない。
 誰かが何かを言わないと、話すことができない。
 不思議な恐怖が胸の中に存在した。

 状況が変わっていくのを見ているだけの自分が嫌だ。
 なんとかしたいと思っても何も出てこない。
 アキも暗い顔をしている。私と同じようなことを思っているのかもしれない。

 「もー! みんな変ですよ? そもそも、所属できるかどうかだって分からないんですから。まずは阿南さんと会って話してみないと」

 マキコがまくし立てても、誰も動揺しなかった。でも、話の内容はちゃんと聞いているし、正しいことを言っている。

 「うーん・・・」
 
 ヒロナは変わらずに悩み続けている。

 興奮するマキコと、黙ってしまった私とアキ。

 私たちは、大人になることがどういうことか分かっていなかった。

 大いなる力には、犠牲が伴う。

 そのことに気付くのは、まだまだ先のことだ。


 1450字 1時間10分

 

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