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浮遊(ヒロナ)

【茂木ヒロナ】

 すぐに次の課題に挑戦できる人が羨ましい。
 達成したら次の目標に。終わったら新たな課題へ。完成したら次なる目的へ・・・。
 気持ちの切り替えは上手くできると思っていたのに、文化祭での初ライブを終えてから、ずっと身体が宙に浮いているような感じがする。

 あれから1週間くらいは学校中が浮かれていた。実際、後片付けが完全に終わるまでは数日かかったため、教室や校舎にはまだ文化祭の残り香が漂っていたし、文化祭をキッカケに生まれた恋の話は話題のドラマよりも盛り上がっていた。
 私たちのバンドは一躍有名になり、見知らぬ先輩から「バンドやってた子だよね?」と声を掛けられるようになったり、写真部の子が「歴史的瞬間の一部始終を撮った」とライブ写真のアルバムを作ってくれたりと、それまでの状況が一変した。
 中でも、バンドの主役でもあるアキちゃんへの対応の変化は目覚ましく、狙い通り彼女の歌声だけでなくルックスについても言及する人たちが増え、密かに「谷山アキファンクラブ」まで出来たらしい。
 昼休みにアキちゃんのクラスを訪れるとアキちゃんは人に囲まれていた。いつも通り、私とミウがお昼を食べようと輪に混ざると「HIRON A’S BANDが揃った!」と、さらに場は盛り上がり、「誰が曲を作ったの?」「バンド名の由来は?」「次はいつやるの?」と質問責めにあう。
 ずっと夢の中を泳いでいるような気分だった。

 「な、な、なんか変な、き、気分・・・い、今の私たち、ちょ、ちょ、ちょっと変・・・だよ・・・」
 アキちゃんは困惑していた。もっともっとライブを重ねて、自分たちの音楽を楽しみたいと言っていたはずなのに、私もミウもどこかで“満足感”を味わっていたからだ。
 初ライブの日から、私たちは立ち止まってしまっていた・・・。

 あの日から楽器を触る時間が減り、三人で集まることも減っていた。
 アキちゃんが日に日に言葉数が少なくなっていることに気付いていたが、私もミウも目の前にある“楽しいこと”に夢中になり、見て見ぬフリをしていた。「イジメられている事実を知っておきながら、手を差し伸べない人ということは、イジメを容認していることと同じなんだ」という中学時代の担任の言葉が頭をかすめる。
 頭の中で何かがザラつき、フと、練習に明け暮れた公園を訪れようと思った。ライブから2週間が経つと、すっかり空気は静まり、本格的な秋が始まる気配がする。
 いつもの楠の下に近づくと、アキちゃんの歌が木々の揺れとともに聞こえてきた。透き通った声なのに、木枯らしが吹いたようなしゃがれた感触のある歌だった。

 ボクの話を聞いてくれ
 笑い飛ばしてもいいから
 
 ボクの仮面を取ってくれ
 言葉がうまく出てこない

 ボクの罪を教えてくれ
 また一人ぼっちになった

 ボクの世界が歪んでいく
笑顔でなんかいられない

 アキちゃんは、泣いていた・・・。


1時間53分 1180字

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