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【小説】 開幕が近づく。


 北海道。宮城。東京。愛知。大阪。福岡。各地、1日ずつのライブが始まった。これを音楽の世界では全国ツアーって呼ぶらしい。1ヶ月をかけて全国を回るが、ツアーというよりも、遠足って感じ。大人も混ざった、本気の遠足。

「この前まで高校生だったのに全国ツアーができるなんて、異例中の異例だよ。これは流れがきてる証拠だね」

 イベンターの朝倉アオイは、鼻息荒く意気揚々と喋っている。他のスタッフは黒い服で統一されているのに、この人だけはコルク色のスーツで身を包んでいる。スーツには、うっすらとチェック柄が施されているけど、どこかの百貨店みたいな柄でアンバランスだと思う。ヘンな感性を持ってる人だな。年齢も若いこともあり、ひときわ存在が目立っている。普通のスーツを着た阿南さんと並ぶと漫才師みたいだった。朝倉さんがボケ担当だね。

「朝倉さんの力もあってですよ」
「いやいや、俺の力じゃないっすよ。彼女たちの力だから!」

 年上の阿南さんが殊勝な態度で、若い朝倉さんが尊大に喋っていることに違和感を覚えたが、私たちもそう見られているのかもしれない。実際、朝倉さんは業界でも波が乗ってる人らしく、その言葉には根拠のない自信があった。

「俺は皆さんのサポートをさせていただいてるだけなんで! だから、今日も全力で臨ませてもらいます! この全国ツアーは勝負でもあるんだから、みんな、がんばれよ! 絶対成功させようぜ!」

 朝倉さんは、暑苦しいけど恨めない、不思議な人だった。何回か顔を合わせているけど、いまいち掴むことができないヘンな人に、私たちは「ありがとうございます!」と笑顔を浮かべた。「おう!」と嬉しそうな顔を浮かべて去ってく朝倉さんの背中は、実際よりも小さく見えた。
 「悪い人じゃないから」と阿南さんはフォローを入れてくれたけど、別に私たちは悪い人だなんて思ってないよ。ミウも小声で、「敵にすると面倒だけど、味方にいると頼もしいタイプだよね」と言っていたし。むしろ阿南さんの方が、マネージャーとしてドンと構えていて欲しいと思ってしまう。初めての経験、右も左も分からない環境だからこそ、自分達を守ってくれるという安心感が必要なのだ。

「みんな、初めてのことで緊張すると思うけど、今日はリハーサルだし、力を抜いて楽しんでね」

 そう言いながらステージ袖まで案内する阿南さんは、やっぱりどこかで頼りなかった。優しすぎるといえば聞こえがいいけど、締まるところが締まらない感じがする。自分がバンドの裏リーダー的なことをやってるから、なおさら気になってしまうのかもしれない。

「ワクワクするなー!」
 マキコちゃんは、そう言って両手を伸ばしてフラフラ歩いた。学校とバンドの両立を日々こなしていた彼女にしてみたら、バンドに集中できるツアーは、よっぽどラクで楽しいイベントらしい。「練習してきたことを披露して、お金も拍手ももらえるなんて最高!」と、ずうっと満面の笑みを浮かべている。しかも、学校生活とは違い、ステージ上では完璧な女を演じる必要もない。ギターをかき鳴らし、ありのままに彼女は吠える。リハーサルが始まる前から、マキコちゃんのボルテージは高かった。大人の話なんて、1ミリも聞いていないようだった。
「お、お腹痛くなってきた・・・」
 はしゃぐマキコちゃんの数歩後ろで、細い声で呟くアキちゃん。ライブ前はいつもこう。幼少期から音楽に触れ、圧倒的な音楽の才能に恵まれ、ストリートライブまでやってたのに。ステージに立つと、誰よりも光り輝くのに。なぜか、ライブ前は弱気になる。大体、私かミウが励ますのが通例。「アキ、私、人前で初めてピアノを披露するんだよ? そんな私の前でよく緊張できるね!」と今回はミウが喝を入れた。
 
 タイミングよく「HIRON A‘Sのみなさん、舞台上へお願いします」とのアナウンスが会場に響く。真っ先にマキコちゃんが、「おはようございます」とステージに飛び出した。続くように私、ミウ、アキちゃん。これからリハーサルが始まる。
 私たちの全国ツアーがいよいよ開幕する。


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