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適当に決めた名前(ミウ)

【緒方ミウ】

 アキの父親がミュージシャンだったことから、エレキベースだけは借りることができた。しかし、流石にドラムまではなく、バンドを組んだはいいが練習は難航した。
 明月高校には軽音楽部がなく、音楽室にあった唯一の楽器はホコリを被った古びたドラムセットだけ。もちろん防音室もないし、お金もなかったため、スタジオを借りることもできない。

 立ち往生している間にも、アキは黙々と曲を書き溜め、次々に新曲を披露した。彼女の弾き語りにエレキベースの小さなベンベン音が加わるが、まるでついていくことはできないし、ヒロナは必死でリズムを手足で刻むが、上達しているとはいえなかった。

 「な、何だか・・・昔の自分を、み・・見てるみたい」
 言い出しっぺの私たちが足を引っ張る状況だったにも関わらず、アキは静かに笑みを浮かべていた。誰かと音楽を作ることが本当に嬉しいらしい。
 申し訳ない気持ちで押しつぶされそうな私たちに反して、アキの笑顔の量は次第に増えていった。
 大声で笑うことはなかったが、次第に言葉数も増え、「まずは、一音ずつ確実に鳴らすところから始めよう」「バスドラムの足の練習を重点的にやってみて」と積極性も生まれ、言葉に澱みがない時もあり、私たちを驚かせた。
 教則本を買うというような発想は微塵もなく、アキ先生のもと、完全に独学で練習に励んだ。

 天性の明るさを持つヒロナですら、元気を失くしてしまうほど落ち込み、自分たちの力量のなさ、不甲斐なさを毎日痛感していたが、夏も迫ってくるとヘタなりにでも少しは上手くなった。
 ヒロナは古着と古本で作ったお手製のドラム練習パッドを作成し、練習に明け暮れ、私も指先の皮膚が日々固くなっていくのを感じた。
 少しでも上達を感じるとお祭りのように騒ぎ喜びを分かち合った。

 「ねえ、9月の文化祭出ようよ! てか、出るよ! もう申請した!」
 「ええ!?」
 「何驚いてんの! バンドなんだから聞いてもらわなきゃ意味ないでしょ!」
 相変わらずのヒロナのスピード感には驚かされる。
 私たちの総意だと言わんばかりの熱量で、勝手に文化祭でバンドを披露することが決まった。
 初めてLIVEをする・・・。
 独断で行動することに多少の怒りも込み上げたが、これはとてもいい目標設定で、練習の士気も上がり、大きな刺激になることは間違いなかった。

 私たちは夏休みを返上し、いつもの公園か誰かの家に集まって練習に励んだ。
 「そ・・・そういえば、バ、バ、バンド名は・・・?」
 アキが意外なことを口にした。私たちはバンド名を考えたこともなかったのだ。皆、意表を突かれたかのように静かになった。
 「・・・うーん、ヒロナが始めたんだから、HIRONA’S BANDとかでいいんじゃない?」
 適当に言ったワケではなく、本気でそう思っていた。
 アキを見つけて、多少の強引さがあっても確実に私たちを引っ張っているのはヒロナだったからだ。

 「えー、カッコ悪いよ!」
 「わ、私は・・・好きかも」
 「ダメダメ! 却下!」
 「じゃあさ、途中で切ってみるのはどう? HIRON  A’S  BAND(ヒーロン・エース・バンド)とか!」
 「か、カッコいい!」
 「ねえ、あんたたち、本気で言ってるの?」
 
 面白いことに誰もバンド名にこだわりを持っていなかった。
 結局、遊びとその場のノリで、あっという間に「HIRON A’S BAND」という映画タイトルのような名前に決まった。

 ヒロナは誰かを輝かせる能力に抜群に長けている。
 アキを見つけて、センターに据えて、自分はドラムという一番奥の立ち位置を選んだ。
 猪突猛進のごとく突き進んでいるようで、文化祭参加のような事務手続きも面倒くさがらずキッチリとこなす。
 アキがクラスで浮いても、虐められたりしないようにと、昼休みはアキのクラスで過ごすと言い出したのもヒロナだった。

 適当に決めたバンド名かもしれないが、私はとても気に入っている。
 いつもヒロナに光を当ててもらっている、私たちからの感謝の気持ちなんだ。
 
 「HIRON A’S BAND」初ライブはすぐ目の前まで迫っていた。

1時間26分・1690字

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