見出し画像

Chapter12


 なぜか広告代理店に就職できた。
 一見華やかなイメージがあるが、実態はそんなことはなく、いつも誰かに頭を下げに回っていたり、書類と睨めっこをすることがほとんどだ。
 クライアントから発注を受けて、イメージキャラクターのキャスティング等、諸々の段取りを決め手配をするが、実際に現場に足を運ぶ機会はほとんどない。人や部署によっても違うのだが、少なくともオレにはそんな現場を任されることはほとんどない。
 ウェブCMの制作現場、雑誌のプロモーションに立ち会うことはあっても、予算が少ないこともあり、決して華やかな現場とはいえなかった。
 テレビで見るような明るさが撮影現場にあるわけではなく、現場は粛々と台本通りに撮影作業が進むだけだ。
 それでも、小規模な現場だからこそ生まれる結束力や熱量に喜びや楽しさを感じていた。
 
 パソコンと睨めっこをして、打ち合わせを重ね、書類制作の日々。
 現場に行きたいという想いを抱いても、一向に状況が改善しないことに少しずつストレスが溜まっていた。
 いつまで経っても上司からは「まあ、そんなに焦ることはないよ」と諭されていたが、その頃から社内では同期の青木が頭角を現すようになったのだ。
 青木は不思議な存在で、喜怒哀楽を表現しない男で有名だった。
 なぜか入社当初から営業成績もよく、若手のホープとされていた。
 何を考えているのか分からず、やる気があるのかないのかも分からないのに、バリバリと仕事をこなす彼の存在は、オレにはとても疎ましく、邪魔に思えた。
 
 「最近忙しそうだね」
 青木と遭遇するのは、喫煙所がほとんどだ。
 オレは電子タバコに切り替えたが、青木はまだ紙タバコを吸っている。
 「ああ。うーん・・・いや、忙しくはないかな」
 彼は目線を合わせることが少なく、会話の中に考える間を多く取るのが癖のようになっている。
 「そんなことないでしょ。色々と仕事も任されてるし、すごいなあって思って見てるよ。同期だけど、応援してる」
 なるべく嫉妬心が出ないように、大きくタバコをのんだ。
 身体中の血管が驚いたようにギュウっと縮まっていくのを感じる。
 「あ、そういうことか・・・まあ、ね。ありがたいことに」
 「あ、そういうことか」という青木の言葉には明らかな嘲笑が含まれていた。
 オレは言葉を続けることができずに、ゆっくりと息を吐いていると、今度は青木の方から話しかけてきた。
 「でも、仕事が多いからって、オレが偉いワケでもないし、オレは何も変わってないんだけどね」
 青木は悲しそうに笑ってから、半分以上残ったタバコを灰皿に放り込んで、その場を去った。



 「いやー・・・忙しくはないですよ」
 「そんなことないでしょ。色々と仕事も任されてるし、すごいなあって思ってる」
 佐川オサムがラムのロックを飲み干してから答えた。
 彼は、妹の元彼というレアな経歴の持ち主だったので、勝手に親近感を抱き、夜は一緒に食事や酒を交わすことが増えていた。

 「ああ、そういうことですか・・・まあ、確かに」
 彼は青木と同じことを口にした。
 自分のこめかみに青い筋が入っていないかを気にしながら、必死で次の言葉を考えていると、オサムは照れたように笑ってから話を続けた。
 「でも、仕事を多くこなしていても、偉いワケじゃないですからね。ボクは昔から変わってない気がしています」
 自分の耳がおかしくなったのかと思うほど、オサムは青木と似たことを言った。
 飲んでいたアルコールが冷めていくのを感じ、思わずグラスに残った酒を一気に飲み干した。
 「やっぱ、アオイ先輩強いですね、顔青いのに!」
 いつもだったら、ツッコミを入れているはずだった。
 でも、その日ばかりは、どうしても胸のザワつきを抑えることができなかった。
 「もう一杯もらおうかな」
 頭の中で「ストレス」という4文字が滝のように流れ出ているのを感じた。
 滝の勢いは増す一方で、比例するように酒の量も増えていった。
 オサムは今日のオレは調子がいいと勘違いをし、必死についてこようとしていた。
 「あの、実は、ボク、藤野ハルと付き合ってるんです」
 嘘か本当かは分からなかった。
 オサムはオレの片想いの女性の名前を出したのだ。
 「ストレス」という滝は、爆発するように「怒り」に変わった。
 逃げ込むようにトイレに入り、気持ちを落ち着かせていると、頭の中にぼんやりと浮かんでいた言葉がクッキリと輪郭を持ち始めた。

 社内恋愛禁止。

 腹の中で毒素を出すかのように酒と食事が逆流を始めた。
 トイレのレバーを大の方向に捻り、吐瀉物が流されているのを見ていると、笑いが込み上げてきた。


2時間5分. .1890字
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?