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Chapter20


 「ごちそうさまでした! ありがとうございました!」
 夜と朝の境目に、オレたちは解散した。
 オサムは「どうぞどうぞ」とオレをタクシーに押し込み、窓の外から手を振っている。
 彼に一つだけ手を振り返すと、急に世界が歪み、この世の全ての境界線が曖昧になっているように感じた。
 梵鐘を鳴らしたかのようにオサムの言葉が頭の中で反響している。

 好きな人が自分を慕う後輩と付き合っていた・・・。

 頭はボンヤリしているのに、その事実だけが、朝を告げる太陽のように見えてくる。
 目をつむれば、夜に戻り、鐘は鳴らされない気がした。
 夢と現実の境目すらも危うくなり、心臓の動きが鈍りだすのを感じる。
 そして、現実から抜け出して夢の世界に身を浸そうとした時、運転手に起こされた。
 太陽は空を昇り、曖昧さを持ち合わせず、ハッキリと朝を知らせてくれた。
 それは、二人の交際の事実までもが照らし出されるようだった。

 その日から二人と距離を置くようになり、藤野ハルとのやりとりを何度も振り返った。
 メッセージを遡り、オサムの存在を匂わせる言葉を探すが、見つからない。
 逆にオレに気があるような文章が目立ってしまう。
 いや、目立っているワケではない。
 この後に及んで、まだ、彼女のメッセージに胸を躍らせてしまう愚かな自分がいるのだ。
 どうしても事実を受け入れることが出来なかった。
 二人が付き合っている証拠が欲しい・・・。

 人間は確認をしたがる動物らしい。
 確認が取れないと前には進めない。
 だから、右を見て左を見た後に、もう一度右を見ないと横断歩道を渡れないのだ。
 しかし、右を見ても左を見ても仕事がある。
 がむしゃらに仕事と向き合い、自分でさらに仕事を増やした。
 二人のことを考える暇を与えたくなかった。
 
 会社が恋愛禁止を謳う理由が分かった気がした。
 どれだけ考えないように仕事を増やしても、結局、会社で鉢合わせてしまう。
 喫煙所に行けば大体オサムがいるし、大きなプロジェクトには必ずハルも参加している。
 なるべく平静を装い、これまで通りの振る舞いをしようとするが、脳裏にはチラチラと二人がキスを交わしている姿や、ベッドに入る姿が浮かんでしまう。
 会社で見せる顔とは違う、二人だけの表情を浮かべている。
 自分で作り上げた妄想に嫉妬をしてしまう。
 嫉妬は苛立ちに変わり、苛立ちは欲情に変わった。
 どうしても忘れることが出来ない二人の関係。
 確認しようにでも出来ない自分の心の小ささ。
 怒りと悲しみを風俗嬢にぶつける日々が増えていった。

 「お兄さん、寂しいのね」
 風俗嬢にかけられる言葉に、毎回、弱っていく自分がいる。
 商売とはいえ、女性を性の道具として利用している風俗に疑問を抱いていたはずなのに・・・。
 抑えることの出来ない愚かな欲望。隠れていた女性蔑視。
 人の皮が剥がされ、獣である自分の本性を鏡で見せられたような気分になる。
 発散しているはずなのに、次第に感情までもが失われていくようだった。
 
 
 1時間49分 1230字



 


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