見出し画像

Chapter25


 「え、ボク、先輩にその話しましたっけ・・・?」
 明らかに動揺していた。
 自分の中のルールが崩壊している。
 藤野ハルと交際関係にあることを、社内の人間には絶対に話さないと決めていたのに・・・。

 「あれ? 前に飲んだとき、ここで言ってたよ?」
 先輩は乾いた笑みを浮かべていたが、どういうワケか目の奥に怒りが見える。
 話したことを忘れていたボクの無責任さに腹を立てているのだろう。
 その場をごまかすようにマスターにおかわりの注文をした。

 「いやー・・・、ボク、完全に忘れてました!」
 「まあ、半年以上前の話だもんな。なんかオレ妙に覚えててさ・・・」
 出てきたお酒を一口含むが、もう、酔うことはできなくなっていた。
 お酒で我を見失うことが情けない。
 自分ではない誰かが、ボクに秘密を語らせる。
 ボクの気持ちを大きくさせる。
 制御不能になってしまう理性や感情は、自分と切り離されたモノだと思いたい。
 いや、少なくともボクの中では切り離されているのだ。
 しかし、人はそうは思わない。
 「酔ったボクはボクではない」という主張を誰が受け入れるというのだ。
 突然ハルの寝顔が脳裏をかすめ、胸の奥がズキズキした。
 結局、酔っ払った人や、自分のダメな部分を見せることができる人に対して「人間味がある」と美化する文化に甘えているのだ・・・。

 「そこまで知ってたら、先輩、ボクのこと知り尽くしてますよ!」
 「ハハハ、知りすぎるとよくないこともいっぱいあるけどね」
 人には秘密があった方がいい。
 見えない部分をみたくて、人は動くのだ。
 隠されているから、想像できるのだ。
 だから、知りすぎてしまうと、関係に亀裂が生じてしまう。
 先輩はボクと藤野ハルが付き合っていることを知っていた・・・。
 
 「・・・え、まさか、その日以来の飲みですか? 今日って?」
 「ああ・・・そうかな?」
 確信した。
 先輩は、ボクらの関係を知った日を境に、ボクを避けるようになったのだ。
 飲みの誘いは全て断られ、喫煙所で彼を見つけても、ボクを認識した途端に火を消して出ていってしまう。
 単独行動が目立つようになり、社内でも噂になった。
 圧倒的な仕事量、時間外労働の多さに疑問を抱く人が増え、「怪しい」「出世に目が眩んだ」「媚を打ってる」と憶測で批判する声が増えた。

 先輩は、知りすぎたことで、なにかが壊れてしまったのだ・・・。

1時間50分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?