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Chapter17


 「朝倉くん、映画の招待券もらったんだけど興味ある?」
 初めて、藤野ハルと二人で映画を見に行った。
 プレミアム試写会ということで、彼女は関係者に軽く挨拶回りに行ったが「これはほとんどプライベートだから」とオレを先方に紹介するワケでもない。
 純粋に映画を観た。
 しかし、上映中の彼女の表情がどうしても気になってしまう。
 アクションシーンではどんなリアクションをするのか。
 ラブシーンではどうなのか。
 手を伸ばせば触れることができる彼女との距離。
 映画の内容は全く頭に入らず、頭の中の妄想劇場に浸っていた。

 「アクション凄かったですね! やっぱりハリウッドはスケールが違いますね」
 映画の本質には一ミリも触れない当たり障りのないコメントを述べている自覚はあったが、そうするしかなかった。
 ハルは「本当ねえ。これだけ迫力あると、なんか清々しさがあるよね」と明らかに本質を捉えていないオレをフォローしてくれた。
 映画の余韻に浸っているフリをしていたが、二人で過ごした空間の余韻に浸っていると、視界には街のネオンが入ってきた。
 この後は駅に向かうのか、それともどこかに行くのか・・・。
 奇妙な間がうまれた。 

 「・・・じゃ、またね!」
 「・・・あ、はい、ありがとうございました!」

 「飲む?」の二文字がとても大きな山のように感じた。
 その山を一緒に登ってくれるだろうか。
 相手にはこの後予定があるのではないだろうか。
 オレは断られることを怖がった・・・。
 心の中で「焦らない」と呟くと、口の中いっぱいに甘酸っぱい香りが広がる。
 そして、電車に乗り込むと、すぐさまLINEを送る。
 学生時代に戻ったかのような淡さを感じていた。
 
 「雨凄いから、気をつけて帰ってね」
 台風の晩、どうしても会社で終わらせたい仕事があり、デスクワークに勤しんでいると、彼女から連絡があった。
 周りを見ても、誰もいない。
 ため息が出てもおかしくないような状況だったが、たった一通、彼女からメッセージが届くだけで、ポッと胸に火が灯った。

 すぐに返信を送る。
 既読になる。
 メッセージが届く。
 また返信する。
 既読になる。

 「まだ会社なの?」
 「ですねー、もうちょっとかも!」
 「無理しないでね。どんどん雨強くなるみたいだよ」
 「そうなんだ・・・。がんばります。ありがとうございます!」

 少しずつ敬語がなくなり、彼女の淡々とした文章にも慣れてきた。
 その変化に喜びを感じ、関係は良好になってきていると感じていた。
 自分の中で膨らむ気持ちを抑えきれなくなっていた。

 「ハルさんの連絡、嬉しいです!」
 「あらま。恥ずかしい」
 「頑張れます!」
 「頑張ってね〜」

 藤野ハルに男がいる可能性は考えなかった。
 むしろ、誰かに取られてしまうのではないかという不安を感じていた。
 それでも「焦るな」と自分に言い聞かせ、時々かわすLINEのやり取りを大切にしていた・・・。

 バカだ。
 オレはバカだった。
 彼女は佐川オサムと付き合っていた。
 それも2年は経つのだそうだ。
 「あの、実は、ボク、藤野ハルと付き合ってるんです」
 佐川オサムの口からこぼれた言葉が、呪縛のようにオレの左胸を締め付ける。
 体調がすぐれないワケではない。触れると痛みを感じるワケでもない。
 ただ、胸の奥がギュウと絞られるのだ。
 絞られるたびに垂れてくるのは、憎しみという真っ黒な液体で、ポタリとどこかで音が聞こえるたびに、歯をギリギリとならしてしまうようになった。

 

1時間12分・1430字

 

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