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Chapter19


 「おつかれさまです! ハルさん、オレ金曜の夜が空いたんですけど、よかったらご飯行きませんか? 今更だけど、HIRON A’Sの打ち上げもまだ出来てないし(笑)」

 たぶん、朝倉アオイは、私に好意を寄せている。
 彼は「おはようございます」から「おやすみなさい」までの自分の一日を一方的に送ってくるのだ。
 単純に変な趣向を持った人なのかも知れないが、好きでもない会社の先輩に、わざわざ「お風呂入ってきました! ハルさんはもう入りましたか?」などというメッセージは送らないだろう。
 基本的に無視をしていたが、彼の精神力は並外れたもので、心折れることなく、ほぼ毎日連絡は続いた。
 しかし、不思議なもので通知をオフにしたり、メッセージを読まずに削除をしていても、時々は返信してあげないと申し訳ないという思いが湧いてくるのだ。

 「おつかれさま。ありがとう、確認するね!」
 私には佐川オサムという彼氏がいるし、何より朝倉を異性として見ることが出来ない。
 自分の文章の何が彼の琴線に触れるか分からないため、短文であっても送信する前にもう一度確認をした。

 「待ってます! そういえば、さっき会社でハルさん見かけました! 髪の色変えました?」
 彼のことが嫌いなワケではない。仕事熱心で、人当たりも悪くない。
 若手ながら会社を巻き込んで仕事をしようとする賢さも持っている。
 だから、会社も彼に期待をした。
 ただ、朝倉は仕事や姿勢は評価されるのだが、人に慕われてはいなかった。
 上司からも可愛がられているのだが、慕われているのとは少し違う。
 まだ彼が若いからかも知れないが、それでも一人だけ、彼を慕っている人間がいた。
 それが、オサムだったのだ。

 「オサム、金曜空いてる? 朝倉くんとマキコと飲み会があるんだけど一緒に行かない?」
 「何その新しいメンバー!? 行く」
 オサムには口が裂けても「朝倉からしょっちゅう連絡が来て困ってる」とは言えなかった。
 そもそも彼は仕事の話をする事を嫌がる人だし、しかも、彼が社内で一番仲が良い“朝倉アオイ”が私に好意を抱いていると知ったら、色々と複雑になってしまう。
 それでも、朝倉、マキコ、私の3人での食事会には心配事が多かった。
 マキコは、唯一、私とオサムとの関係を知っている人物で、オサムを交えた3人で何度も食事に行っている仲だ。そして、今回は朝倉問題についても知っている。知りすぎていている。
 私の心の平穏は得られるが、もしかしたら、何かの拍子にバッサリと朝倉を切ってしまう可能性がゼロではない。
 だから、緩衝材が必要だった。
 オサムは朝倉との関係も良好だし、マキコとの関係も良い。
 朝倉問題のことだけを知らない。
 大した変化が見られないということは、朝倉も、オサムには恋の相談などはしていないだろう。

 何もかもが、好都合だった。

1時間38分・1170字

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