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Chapter24
「ごめん、今日のLINE・・・」
マスターがロックグラスの中に球体の氷を入れ、マドラーでクルクルと回すと、カランカランと涼しい音が響いた。
佐川オサムと目が合い一瞬体温が上がったが、音に助けられ、すぐに落ち着きを取り戻すことができた。
「いや、全然! 先輩忙しそうだったから」
オサムはお酒に弱い。
彼の手元には半分ほど減っているブラッディ・シーザーが置かれていたが、顔の赤らみから想像するに、まだ2杯目くらいだろう。
「何飲んでるの? シーザー?」
飲みの誘いを断っておきながら、バーで遭遇するという気まずさを拭えず、目に入る情報をただ言葉にして質問していた。
「あ、そうです。来たばっかりで」
オサムと面と向かって話すのは、半年以上前になるのだろうか。
あの一件があってから、すっかり距離を取るようになってしまった。
「相変わらず、リュックパンパンだね」
自分が想いを寄せている女性の恋人が目の前にいるということを、できるだけ忘れるように意識した。
しかし、意識するほど彼女の顔が浮かび、さらに、妹の顔までもが浮かんできてしまった。
「なんでなんですかね。必要なものしか入れてないのに、すぐパンパンになっちゃうんですよ」
妹が連れてきた初めての彼氏と、オレが恋した女性の彼氏。
二人の男性が現れてもおかしくないのだが、目の前には一人しかいない。
オサムは、嬉しそうにリュックの中身を確認していた。
「はい、モルガンロックです」
よほどぶつ切りの会話をしていたのだろう。
マスターは絶妙なタイミングでお酒を出してくれた。
加勢を受けるように乾杯をして、酒を体内に染み渡らせる。
アルコールが血管を走り、心臓が張りのある鼓動を打ち始めるのが分かる。
指先までポカポカと温かくなり、身体が浮かぶように軽くなっていく。
一杯目からラムを飲むと、海賊になったような気分になり、少しだけ気が楽になった。
一日の終わりには海を遊泳するような、この感覚がなければ気を晴らすことが出来ない。
「元気?」
やっと聞くことができた。
酒やリュックの話ではなく、オサム自身についての質問。
会えてなかった期間、何をしていたのか。仕事は順調なのか。
女の話を抜いた、人間同士の会話をしたかった。
「はい、変わらず元気ですよ! 先輩、痩せちゃって、心配してたんですよ?」
オサムはオレから質問を受けるたびに楽しそうな表情を浮かべた。
彼の笑顔と接しているだけで、自分が学生に戻ったような気分になってしまう。
「ああ、やっぱ痩せたよね。みんなから変な目で見られるんだよ。アイツ仕事しすぎて頭おかしくなったって」
彼はケラケラ笑いながら「だって痩せすぎだもん!」と言っていた。
「アオイちゃんは痩せたけど、いま、みなぎってる感じに見えるけどね」
マスターも加わり会話が盛り上がる。
酒を出すタイミングにしても、会話に差し込むにしても、マスターは空気を読む達人だ。
空気が変わるキッカケを作ってくれる。
「あ、ボクも思ってました! 雰囲気も増して、無双モードって感じ」
「やっぱり会社でもアオイちゃんそんな感じなの?」
「いやいや、そんなことないですよ! 真面目に仕事してるだけでしょ! 多分、みんなオレに嫉妬してるんですよ」
マスターはグラスを拭きながら、オサムは手を叩きながら大きく笑った。
自分の話で、場が明るくなるは嬉しい。
少しずつ心のリミッターが外れていくのを感じた。
「でも、先輩冗談で言ってますけど、たぶん、ガチでみんな嫉妬してると思いますよ」
オサムがおかわりを頼んだのにつられるように、オレもおかわりを頼んだ。
緊張が緩んできたせいなのか、一杯目だけで世界が揺らぎ始めている。
「ないない、それはないよ」
「いや、本当に! ボクの同期が喫煙所で『阿部っ子になるとやっぱり出世が早いねえ』とか言ってましたもん」
上司の阿部に気に入られた人を「阿部っ子」と揶揄する声が社内では囁かれていた。
阿部は気に入った後輩をしょっちゅう食事会に呼び出し、たくさんコネクションを作らせた。このコネクションを生かすも殺すも自分次第なのだが、生かすことが出来る人間はどんどん大きくなっていく。
阿部は合理的な考えの持ち主で、仕事で結果を出す人間にしか興味を持たな買った。
「オレは阿部っ子じゃないし、阿部さんの繋がりを生かすも殺すも実力だからね」
「そうなんですよ! ボクもそう思ってたから、心の中で何度も“死ね”って呟いて、バレないように煙吹きかけてました。だから、バカは嫌い」
マスターが二人の酒を同時に出しながら、「オサムくん、いいねえ」とニヤニヤしていた。
「結局、HIRON A’Sを任されて、スピード出世した先輩への嫉妬ですね! 先輩のことを知らないから、人は憶測で勝手に物語を作って批判するんです」
オサムはオレへの批判に怒っているのだろう。
グラスを傾けて、ムスッとしていた。
「でも、オレだってオサムの知らないこと多いよ?」
「え! そうですか? なんでも話してると思うんだけどなあ・・・」
「いや、だって、ハルさんのことだって、知らなかったし」
オサムは驚いた顔をして、オレの目を見た。
なぜオレが二人の情報を知っているのかという疑惑の表情に変わった。
「え、前に教えてくれたよね・・・?」
彼は何も答えずに、残った酒を一気に飲み干した。
1時間48分・2210字
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