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Chapter7.5


 「最後にエッチを持ってきちゃダメなんだって! 女は肉体関係を持ってからが始まりなんだよ?」
 マキコの言葉がずっと頭の中をこだましていた。
 私と彼の関係も肉体関係から始まった気がしている。いや、確実にそうだ。
 あの日、私も彼も酔っ払っていた。

 仕事の付き合いでお酒を嗜むようになり、自分がアルコールに強い人間だと知ったのは何年前だったろうか。

 「藤野は自由に行ってきていいよ」
 当時、私は営業部の若手エースとしてあらゆる場所に顔を出した。
 お酒を飲みながら楽しく場を過ごす。
 こんな簡単なことが他の人にとっては体力的にも苦痛らしく、大したライバルも現れないまま、トントンとお偉いさん方とコミュニケーションを取ることが出来るようになった。
 面白いことに、トップランナーたちは「エッチが目的ではなく、ただ可愛い子を側に置きたい」という趣向を持つ人が多く、若かりし私はそのポジションに位置付け、あらゆる人の側にいるだけの「みんなの愛人」というキャラクラーを獲得し、さらに売り上げを伸ばした。

 「ハルちゃんは本当に酔わないねえ」
 とある企業の会長に言われるまで気づかなかった。
 私はペースはゆっくりだが、長く飲み続けることが出来るそうだ。
 「量を飲んで早く潰れてしまう子よりも、ゆっくり長く飲んでいられる子の方が嬉しいんだよ。夜が更けてから出来る仕事の話もあるからね」
 「話を聞いているのが単純に楽しいんです! だから、潰れたくなくて」
 「さすが、“みんなの愛人”は嬉しいことを言ってくれるね」
 素直に想いを伝えているつもりなのに、お酒の力が後押ししてくれているのか、都合よく勘違いをして私の言葉は広まっていった。
 本物の偉い人たちは、私のような小娘にスケベ心を出すことはなかった。
 逆に、そこが基準になるほど、大物と小物の差を見抜くこともできた。
 
 「ボク、小物ってことじゃないですか」
 汗で湿った身体を寄せながらオサムは笑った。
 「私を酔わすことが出来たんだから、大物だよ」
 彼の頬に唇を当てると、触れた先から私の体温が彼の身体中に広がっていくのを感じた。ハリとツヤのある彼の身体を、自分の渇いた身体が吸い取ってしまわないように祈る。
 「でも、ボクはこれで終わりの小物じゃないから」
 タメ口と敬語が混ざっている。
 年上の私と対等になりたいオサムの気持ちは十分過ぎるほど伝わってきた。
 「そうだよ、これで終わりにしたら、大物にはなれないよ」
 私は目を瞑り、彼の心臓の鼓動に耳を澄ませた。
 先ほどまで肉体をぶつけ合い、激しく歌うように躍動していた胸の音は少しずつ力を緩め、私を夢の世界に誘う子守唄に変わっていく。

 この日から、私たちの関係は始まったのだ。
 

1時間26分・1120字

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