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【小説】 大晦日のピクニック


 北風がヒュルヒュルとヒロナの顔を打った。赤くなった鼻をマフラーに潜り込ませる。ニット帽を深くかぶり、マフラー、ダウンジャケットと余念のない防寒対策は、女子高生のオシャレとは程遠い。
 雪だるまのように膨らんだ自分の影を見て、ヒロナは頬を緩ませた。
 隣にも似たような背丈で、似たような影が並んでいる。
「まあ、息抜きってやつですね」
 暇な大晦日を少しでも楽しみたいと思い立ったヒロナは、幼馴染のミウを誘い、ピクニックをすることにした。受験勉強に忙しいミウのために、手作りサンドウィッチを持参して。
 ヒロナは白い息を吐きながら、公園のベンチに腰を下ろした。
 冬の紫外線は夏以上に恐ろしいと聞くが、これだけ寒いと太陽の暖をありがたく頂戴してしまう。
「ほんと、そうだね」
 ベンチの上で、ミウは大きく伸びをした。
 深く息を吐く様子を見ていると、受験生の疲労が垣間見える。
 ほんのひとときであっても、こうして親友と過ごす時間がヒロナには必要だった。ミウも同じことを考えてくれているに違いない。
「初詣は? どうする?」
 ヒロナは話しながらリュックから紅茶を入れたポットと、昼食の入った紙袋を取り出した。
「今年は中草くんと行くことにする。ごめんね、毎年一緒に行ってたのに。大学もどうなるか分からないしさ。なるべく一緒に過ごす時間を作らないとなって思って。だから、アキとマキコと一緒に行ってきて」
 ミウの言葉を聞いて、ヒロナの手が一瞬止まった。

 そっか・・・、こうやって、変わっていくんだな・・・・。

 幼い頃から毎年一緒に行っていた初詣。行くたびに「来年もまた来ようね」と約束していた。高校に入ってからは、そこにアキとマキコが加わり、一年の始まりをバンドメンバーと過ごすなんて、青春ドラマみたいで楽しかった。
 むしろ、高校卒業まで欠かさなかったことの方が珍しいのかもしれない。しかし、それもついに終わりを告げるのだ。
 ヒロナは悲しみを悟られないように、紙袋に手を突っ込み、サンドウィッチを取り出した。
「うわー、美味しそう・・・」
 ミウは頬を緩めた姿を見て、ヒロナはホッとした。
 ライ麦パンに、自家製卵ソース、アボカド、トマトをたっぷり挟んだサンドウィッチはボリューム満点だ。
 ミウはお腹が空いていたのか、マフラーを素早くとり、おしぼりで手を拭くと、さっそく「いただきます」と大きな口を開けてかじりついた。
 その姿を見ているだけで唾液腺がキュッと痛くなり、ヒロナも続いてサンドウィッチを頬張った。
 身体がポカポカする。
 何もない大晦日に、フッと優しい風が吹いた。

 1050字 55分

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