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ヘタクソな拍手(ヒロナ)

【茂木ヒロナ】

 彼女は、その公園では有名人のようだった。
 楠の下でギターをかき鳴らし、大声で歌う彼女の周りには子どもたちが集まって、心地良さそうに首を揺らしていた。
 子どもたちの親は、彼女の歌声から人柄を判断しているのか、彼女に近づこうとする子どもたちを注意することもなく、少し離れたところから歌声に聴き入っている。
 子どもたちは可愛い。心の距離感が、そのまま社会的距離として出てしまうのだろう。彼女が歌う、すぐ横に座ったり、目の前で呆然と立ちすくんだりと、とにかく彼女の至近距離に集まっていた。
 さそがし歌いずらいだろうと思っていたが、彼女は嫌がる顔を一つもせずに、むしろ一層笑顔に花が咲いた。
 子どもたちも笑顔につられて、恥ずかしがりながらも、楽しい空気はさらに伝播していった。

 すごい・・・

 心の中なのに、小さく呟いていた。
 はたから見たら、小さな高校生が、笑顔満点で大声で歌っているだけにしか見えないだろう。
 しかし、ただそれだけで、人が集まってくるだろうか・・・。
 安心感を与えることができるだろうか・・・。
 笑顔が伝播するだろうか・・・。
 歌が終わると、子どもたちはパチパチと拍手をした。
 小さな手を目一杯振り回すヘタクソな拍手だったが、とても大きな拍手に聞こえた。

 「子どもでも、感動すると拍手するんだね」
 隣で一緒に聴いていたミウがポツリとこぼした。
 私は返事をすることもできず、ただ頷くだけだった。
 子どもの親と同じ距離まで彼女に近づいて音楽を聴き入っていた私たちは、その場から動けずにいた。
 ミウは、私に何かを期待した顔を向けた。
 「ヒロナは? 拍手しないの?」

 私たちは、この世で一番ヘタクソな拍手を彼女に送った。
 明日には手が腫れて無くなってしまうかもしれないと思うほど力強く手を叩いた。ミウは拍手のエネルギーに引っ張られたのか、目に涙を浮かべていた。
 脇目も振らず「すごいすごい」とはしゃぐ私たちの姿は異様だったのだろう。
 その場にいた子どもたちも驚いた顔をして、空気を読むように親のもとへ走り去った。
 歌う彼女と、大騒ぎする女子二人。
 三人とも同じ制服を身にまとっていることが、不審者扱いされないことの唯一の鎧となった。

 「ねえ! 私たち、バンド組まない?」
 「ちょっと、ヒロナ! 色々、飛ばし過ぎ!」
 自己紹介も忘れて、言葉が飛び出してきた。
 直感的に動いてしまう性格を治したかったが、隣にミウがいるという安心感がさらに、私の舌を饒舌にさせてしまう。

 「あ、いきなりごめん! 本当に素敵な演奏をありがとう! 私は茂木ヒロナ。明月(めいげつ)高校に今年入学した1年生!」
 「・・・」
 先ほどまでの力強い歌が嘘かのように、目の前の彼女は小さくなり、恥ずかしそうにモジモジとしている。

 「あ、この子は緒方ミウ! 私の親友。頭がいいから勉強も全部教えてくれるの!」
 「いや、その情報、今、いらないわ」
 「クールに見えるけど、実はちょっと天然で、口癖は“なるほどね”」
 「だから、その情報いらないんだってば!」
 彼女はギターのネックを口元に近づけて、フフフと笑った。
 歌っている時の弾ける笑顔ではないが、緊張と照れが見える等身大の笑みに、三人の心が解された感覚があった。

 「あの・・・、聴いてくれてありがとう・・・。私は・・・谷山アキ。明月高校1年生」
 谷山アキは、独特の間で言葉を紡いだ。
 “行間を読む”ではないが、彼女の言葉の隙間には、相手に期待をもたせるような、何かを想像させる引き込む力があった。

 「アキちゃんっていうんだ! 可愛い名前! よろしくね!」
 「あの、いきなり話しかけてごめんね。私は緒方ミウ。ア、アキ・・ちゃん、よろしく」
 「よろしく・・・あ、あの、アキだけでも・・・いい・・です」
 「え、じゃあ、ア、アキ」
 「ねえ、何その会話! ミウ、緊張してるの? アキちゃん、私たち同い年だよ? アキちゃんの音楽最高だったんだよ? バンド組もうよー!」

 音楽には人種、言葉、関係性、全てを取っ払う力がある。
 アキちゃんの音楽に魅了され、感動したことをヘタクソな拍手で表現しただけなのに。何かがはじまった。

 「・・・バンド、組んでみたい」
 アキちゃんは思いもよらない返事をした。
 私よりもミウが呆気に取られた顔をして、先に言葉を発した。
 「え、アキ・・・それ、ほんと?」
 アキちゃんはコクリと頷き、ギターをポロンと鳴らした。
 「やったー!!! ドラム練習するね!!!」
 彼女は一瞬、「あれ? 楽器できないの?」という顔をしたが、そのままギターを鳴らし続けた。
 早速、練習がはじまったかのように、アキちゃんはリズムに合わせて首を振ってみせ、私は手でリズムを取り、ミウは口で「ベンベンベン」と口ずさむ。
 三人は目を合わせた。
 言葉はいらない。

 アキちゃんは、先程までの歌とは違う、静かな曲を歌った。
 私たちは武器を持っていないことを確かめ合うように、呼吸を合わせた。
 アキちゃんの透き通った声が心地いい。
 
 春だというのに、私たちは汗だくになっていた。

 1時間41分・2075字

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