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自衛隊『死んだら祀っといてください』 

同人誌2014年夏号掲載の原稿です
著者は「異界洋香奈」名義です


『死んだら祀っといてください』

異界洋香奈

登場人物紹介

井苅和斗志(いがりかずとし)…予備自陸曹。自衛隊を辞した後に転職を繰り返し、現在は運送会社勤務。妻子あり。自称右翼。

青江麻央(あおえまお)…予備自補あがりの予備自衛官。短大卒業後は職を転々とし、主に派遣で生活している。井苅のことを『師匠』と慕っている。自称革命家。


「師匠、死んだ自衛官は何処へ行ってしまうんですか?」
初夏の市ヶ谷駐屯地。
二人は市ケ谷台見学ツアーに参加すべく営門前で待機中。
午前九時十分の受付開始時間を過ぎても他の参加者の姿は疎らだった。
「どこって…あの世だろ?」
「いや、そうじゃなくて、祀られてる場所の話のことですよ」
井苅はかつて常備隊員だった頃、自分が戦死したら靖国神社に祀られることを強く望んでいた。
理由のひとつとして国防のためと言うよりも祀られるために志願したと言っても過言では無いだろう。
「このツアーの参加の最大の理由は死後の行き先を確かめるためでもあってだな」
「え?師匠のことだからてっきり三島由紀夫の刀傷を写真におさめるためだと思った」


ぼちぼちと他の参加者が集まりだした。
「えー、本日は暑い中見学ツアーにご参加いただきましてありがとうございます。これから見学の際のご注意を…」
拡声器を持った広報担当の自衛官が参加者の前に立つ。
平日の午前であるから大した人数では無いだろうと考えていた井苅だったので、どこか地方からやってきたバスツアーの中高年者たちの和気あいあいとしたにぎやかさにめんくらっている。総勢五十名はいるだろう。
「それではこれから見学証をお配りいたします。お名前が確認できる身分証をご用意ください」
運転免許証を取り出す井苅。
「おい、お前いったい何持ってきてんだよ!」
バッグをごそごそまさぐっていた青江がとり出したのは予備自衛官手帳だった。
「だって、あたし写真入りの身分証ったらこれしか持ってないよ」
「いいんだよ健康保険証で。ややこしくなるからそれはしまっとけ!」
制服の自衛官が案内すると思いきや、ここでまるでバスガイドさんみたいな衣装のおねいさんが二人登場してむさいおじさん広報官からバトンタッチ。
「それではみなさん、これからツアー開始です。ワタシに付いてきてくださ~い」


市ケ谷台見学ツアーでは庁舎や東京裁判の法廷となった大講堂などを移設・復元した市ヶ谷記念館などを約二時間見てまわる。
「ここで重要なのはさ…」
儀仗広場へと続く屋外エスカレーターに乗りながら井苅は言う。
「午前の部でしかメモリアルゾーンへは行けないことにある」
「メモリアルゾーン?」
「簡単に言えば自衛隊殉職者の慰霊碑がある場所だ」
「ああ、それが死後の行き先…」
「俺も以前から気になっててさ、常備時代に臨勤で殉職隊員追悼式の準備とかやったことがあってだな…」
儀仗広場で周辺の庁舎を外観から案内されるといよいよ市ケ谷記念館の見学だ。
「あれえ、この建物ってこんな小さかったでしたっけ?」
「小さくて当たり前だ。もとの建物を解体してミニチュアサイズに復元したものだからな。あのバルコニーに三島先生が立ってだな…」
井苅が心残りなのはかつての実際の建物を見ることが出来なかったことにある。
当時解体前に見学ツアーの募集が行われていた。新聞で知ったのだが引きこもりがちだった井苅はついに申込みせず仕舞い。
「ああ、しかしミニチュアサイズでも刀傷は残してあるんだな」
「これが三島由紀夫の振るった刀の傷と言われておりますう」とガイド嬢が手で示す。
「自衛隊では三島由紀夫はタブーだと思ってましたがそうでもないんですね」
青江は意外そうな表情。
「いや、俺もそれは常備時代に感じていてだな、追悼式の臨勤に行った時に…」


中隊配属になって初めての秋のことである。
同期の新隊員数名と共に追悼式準備の臨時勤務が井苅に命じられた。
臨時勤務と言うとOD色の作業服上下に半長靴、作業帽とのいでたちが常だったのに制服制帽着用指定に戸惑う。
式典が行われる駐屯地体育館前に集合する。
待機していると井苅たちの班を統率する退官間際とおぼしき年齢の業務隊幹部が現れる。
『絵に描いたような軍人』
井苅の第一印象だった。綺麗にプレスされシワひとつない制服。ぴかぴかにひかった短靴。目深に被った制帽からぎらりと光る眼。
ここに集った新兵一個班が飛びかかっても敵わないのではないかとの思うくらいの威圧感。
そして業務隊幹部は開口一番こう言ったのである。
「作家の三島由紀夫先生はこうおっしゃっている。『軍服は男にとっての最高のお洒落である』と!」
衝撃のひと言に井苅は目を見開いて固まった。業務隊幹部は続ける。
「いや、昨今は女性自衛官も増えたので『男』だけとは限らない。ここは『自衛官』と言い換えるべきだな。ともかくまずは服装を正そう。作業の指示は爾後行う。かかれ!」
この幹部自衛官は明らかに三島由紀夫を信奉している。
年齢から推測すると三島事件の後に入隊なのかそれとも被っているのか微妙なところ。
などと考えている場合では無く、井苅たちに与えられた仕事は会場の清掃、設営、参列者(遺族)の案内、そして撤収作業だった。
追悼式が行われている間は待機とのことだったが、井苅は会場隅の扉の隙間から式典を眺めていた。
献花や追悼の辞の後、清掃した陸海空の自衛官が消灯ラッパの流れる中ぱんぱんぱんと弔銃を撃つ。
館内の空気が変わった。
井苅は隙間からそっと目を離すと静かに扉を閉めた。


式典が終わり井苅たちは参列者を誘導する。
ハンカチで目を拭いながら館内から出てきたご婦人に井苅は声を掛けられた。
「あなたお幾つかしら?」
井苅が年齢を答えると「あら、随分若く見えるのね」
「これからいろいろあると思うけど、命だけは大切になさってね。気を付けて…命だけは…」
返す言葉も無く、井苅はご婦人の背を見送るしかなかった。
撤収作業も終了し、再びミシマ幹部のありがたいお言葉を拝聴することとなった。
「諸君らのおかげで今年もまた式典は厳粛に執り行うことができた。感謝する。
 来年もまた厳粛な式典が行えるよう 、よろしくお願いしたい」
『来年もまた、だとう?』
なんと言うことだ、殉職はもう織り込み済だと言うことか。来年は追悼式を行わずに済むように、じゃないのかよ!
「…と、当時はミシマ幹部の物言いに怒りを覚えたんだがちょっと違ったようだ」
大講堂や旧便殿の間を後にし、厚生棟のPXで見学者一同は休憩中。
コンビニやカフェが入ったり昨今は娑婆の香りが塀の内にも吹き込んできたなあと。
「え?何が違ったんです?」
「調べてみたんだが、これ、殉職者の有無に関わらず毎年行ってるみたいなんだな」
どうやら第×師団長を執行者として防衛協会など関係団体が協力した、某都道府県に籍があった殉職隊員数十柱の為の追悼式だったらしい。
「他にも毎年各所で追悼式典は行われてるらしい。防衛大臣主催の式典も昭和三二年から実施されてるとのことなんで」
「でもいろんな所で行われてるって言っても式典は年一回なんでしょ?靖国神社なんか自分が参拝したい時にいけるけど…」
「そうなんだよ、追悼式典なんかだとふらっと参列できるもんじゃないからなあ」
「あ、それで慰霊碑参拝目的で午前の部に…」
「そう言うことだ」

屋外ヘリ展示場の見学が終わるといよいよメモリアルゾーンへ。
ここは駐屯地内に点在していた記念碑などを集約・整備・再配置した場所とのこと。
坂道を下って行くと白い石畳で厳かな空気の漂う広い場所に出た。
奥には富士山の形を模したような殉職者慰霊碑が建っている。
「今まで何人の方が殉職されたんでしょうか?」
「千八百を超える方々が祀られてるとのことだ」
「そんなに…。戦争も無いのに」
「いや、別に戦争しなくたって任務に危険は付きものだしな。車輌や船舶や航空機の事故、演習中の事故、勤務中の事件、整備中の事故、あと、体力錬成中に亡くなることも案外少なくは無いらしい」
慰霊碑に手向けられた花はまだ新しい。
おそらく毎朝取りかえているのだろう。
しかし井苅はこの扱いに非常な不満を抱いていた。
「なんでこんな自由に入れない場所に慰霊碑を置いておくんだよ」
駐屯地内に存在していては、ここに来ることが出来る者はごく限られている。
「あたしは慰霊碑の存在自体も知らなかったなあ」
「そうなんですよ、この場所も慰霊碑の存在も、一般的にはあまり知られてないんですよね」と、話しかけてきたのは広報担当自衛官氏である。
たまたま近くに立っていて井苅たちの会話が聞こえたらしい。
広報担当氏は続ける。
「本当はいつでも誰でも入れるような場所にあるといいんですけれどね。せめて通りに面した所にでもあれば…」

井苅は旧軍の軍人軍属加えて自衛官の戦死・殉職者を顕彰慰霊する施設を国営で設けてもらいたいと考えている。
それが叶わぬなら、せめてこの広報担当氏の言うように自衛隊殉職者慰霊碑を通り沿いに移設できないものか…。
「ともかく俺は拝ませてもらう。これが今回の目的だったからな」
つかつかと慰霊碑の前に進む井苅。
合掌ではなく、ここは自衛隊式の敬礼がいいだろう、そう考えていた姿勢を正した時だった。
「気をつけー!」
驚いて声の方を見ればいつの間にか井苅の右側に立った青江である。
思わず声に反応し、広報担当官氏も気をつけの姿勢をとってしまっている。
「殉職者に対し…敬礼!」
無帽の敬礼。
井苅と青江は深く頭を下げた。
「なおれ!」「まわれ~右!元の位置へ…進め」
二人は小走りでツアーの集団へと合流した。

(了)

防衛省ウェブサイト「市ヶ谷地区見学(市ヶ谷台ツアー)の御案内」https://www.mod.go.jp/j/press/ichigaya/index.html

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