【ウイルス学】全ゲノムデータに基づいた新型コロナウイルスの進化と伝播の解析

記事ソース:中国科学院西双版納熱植物園科学技術外事所    
公開時間:2020-02-20

陰謀論がだいぶ増えてきたので、その根拠の元となっている論文をリクエストにお応えして訳しました。何回か通読してみての実感は「具体的なことはまだ何も言っていない」ということです。「COVID-19がどこから来たのか?」の議論は始まったばかりです。

  2019年12月に湖北省の武漢市で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2、後のCOVID-19)による肺炎が流行し、新型コロナウイルスがアウトブレイクしてからすでに2ケ月以上経つ(2020年2月20日現在)。武漢華南海鮮卸売市場(以下: 華南海鮮市場)が唯一の発祥地であるかどうか、ウイルス由来の調査、および中間宿主を確定することは、疫病発生の制御と再発防止に極めて重要な意義がある。中国科学院の西双版納(シーサンパンナ)熱帯植物園と連携する華南農業大学および北京市脳科学センターの研究者は、全世界の各分野でGISAID EpiFluTMデータベースに共有された4大陸12カ国の93のサンプルの新型コロナウイルスのゲノムデータを収集し(2020年2月12日まで)、全ゲノムデータの解析により、感染源および拡散経路を辿った。採取した93サンプルは58種類のハプロタイプ(ウイルスがもっている単一の染色体上の遺伝的な構成、コロナウイルスのRNA配列)を含み、5グループ(図1)にまとめられ、3種類の古いスーパースプレッダーのハプロタイプ(H1、H3、H13)と2種類の新しいスーパースプレッダーのハプロタイプ(H56、mv2)を含むことが明らかになった。そのことから新型コロナウイルスは他の場所から華南海鮮市場に入ってきて、市場から急速に外に拡散したと考えられる。同時に、現在拡散している症例は、少なくとも3つの経路に由来している。新型コロナウイルスは2020年2月12日までに2回の明らかなpopulationの拡大(それぞれ12月8日と1月6日)を経験している。

華南海鮮市場の新型コロナウイルスは他の地域から伝わった

  120の変異サイトに基づいて58種類のハプロタイプ(半数体の遺伝子型)を得て、得られたハプロタイプの進化関係により、ハプロタイプH13とH38は、比較的「古い」ハプロタイプであり、1つの中間キャリア(mv1は,おそらく中間宿主または「患者0号」のいずれかの祖先型ハプロタイプである)を通じてコウモリコロナウイルスRaTG13と関連があり、ハプロタイプH3を通じてハプロタイプH1が派生している。華南海鮮市場と関連する患者のハプロタイプはすべてH1とその派生したハプロタイプH2、H8-H12(図1、A)であり、武漢市のサンプルのハプロタイプH3は華南海鮮市場と関係がない。華南海鮮市場の新型コロナウイルスは、他の地域から入って来てから、市場の外に急速に伝播して広がったと考えられる。また、発症時刻の記録やポピュレーションの拡大時期の推定により、ウイルスの発生源ではないとの推論も裏付ける。

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図1. 新型コロナウイルスの58種類のハプロタイプの進化相関と地理分布パターン(A,B)、ハプロタイプ間の可能な進化相関(C)、および新型コロナウイルスの可能な伝播と拡散ルート(D)。AとBの丸中の数字はサンプル数。

  「古い」ハプロタイプのH13とH38のウイルスサンプルは、それぞれ深セン(広東省で初)の患者と米国ワシントン州(米国で初)の患者に由来することが判明した。彼らの旅行記録は、2019年12月末から2020年1月初旬にかけて武漢を訪問していた時期に感染したことが明らかだ。現在の武漢のサンプルではH13とH38のハプロタイプが検出されなかった。これは現在のサンプルが主にいくつかの指定病院から採取されたことと、サンプルの採取時期が2019年12月24日と2020年1月5日に限られていたことが原因と考えられる。武漢の他の早期患者からはこの2種類のハプロタイプが検出された

新型コロナウイルスでは2020年2月12日までに2回の明らかなポピュレーション拡大があった

  新型コロナウイルスのゲノムデータから推定した2020年1月までのウイルスポピュレーション拡大の発生時期は2019年12月8日であり、この結果はウイルスが2019年12月初旬、あるいは2019年11月下旬にもヒトからヒトへの伝播が始まっており、そのあとに華南海鮮市場でヒトへの伝播が加速した可能性を示唆している(図2)。研究による推定では2020年2月以前のウイルスの拡大は2020年1月6日頃であり、これは元旦の正月休みと関連する可能性がある。この日に中国CDCは緊急対応レベル2を発表し、当時のアラートはある程度の警告としては効果があり、公衆活動と外出などは一定程度は減少した。さらにその後、中国のその他9つの省とその他11の国の感染病例は基本的に武漢から直接または間接に輸入したものであることが確認できた。もしその時の警告に大衆がもっと広く注目していれば、2020年1月末の中国全土と全世界に蔓延した症例はある程度は減っていたであろう

拡散した症例は少なくとも3つの経路から生じた

58つのハプロタイプを5つのグループ(図1)に分類し、3つの中心(古いスーパースプレッダー)ハプロタイプ(H1、H3、H13)と2つの新しいスーパースプレッダーハプロタイプ(H56、mv2)を基準にして、広東のウイルスは3個、重慶と台湾のウイルスは2個のソースがある可能性があることを同定した。そのうち、広東省深センのある家族では早期に人から人への伝播で感染した。比較的サンプルの多いオーストラリア、フランス、日本、米国では,患者の感染源は少なくとも2つ、特に米国では5つのソースがある。注目すべきはH56のこのスーパースプレッダーのハプロタイプであり、それは同時にオーストリア、フランス、米国、および台湾の患者の感染源でもある。その他の国の患者はサンプルが比較的少ないが、多くの感染源はほぼ単一であり、彼らは武漢からの輸入または武漢での感染以外に、広東、シンガポールなどで感染した可能性がある。

新型コロナウイルスゲノムの「突然変異」はまだ発生していない

新型コロナウイルスのゲノムは組換えが起こらず、93のゲノム間で120のヌクレオチドが変異(0.41%の配列長)し、10のコード領域(χ2=1.958、df=9、P=0.99)に均一に分散していることが明らかになった。120の変異したヌクレオチドには119のアミノ酸のコドンが関連しており、そのうち79のコドン(65.83%)がアミノ酸の型を変え、42のアミノ酸(53.17%)の物理化学的性質が変化していた(図3)。これらのアミノ酸の型や物理化学的性質の変化が新型コロナウイルスの活性に影響するかどうかは不明で、他のプロテオミクスや構造生物学的な専門家による検証が必要である。本研究はシーサンパンナ植物園の総合保護センター生物多様性研究グループの研究者がそのシステムと進化の分野における専門的ソースを利用して展開を行ったものであり、ハプロタイプの進化相関の解析法と疫学研究を結合させることに言及し、感染源の探求、伝播と拡散方向の正確な研究に重要な情報を提供する。

関連研究結果は、中国科学院の科学技術論文プレリリースプラットフォームに提出された。http://www.chinaxiv.org/abs/202002.00033

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図2. 新型コロナウイルスのハプロタイプのサンプル採取時期。赤色圏のサンプルは華南海鮮市場と相関があることが確認され、青色圏のサンプルは華南海鮮市場と相関がないことが確認された。

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图3. 8つのコード領域における120の変異部位の分布。統計的な型は、置換または置換(左上)、コドン位置1-3(右上)、同義または非同義変異(左下)、およびアミノ酸の性質(右下)。 

中国語ソース
英語ソース

編集後記:なお、この論文は日本のNHKを含むほとんどのテレビ局が「2020年1月6日に注意喚起していたら感染拡大は防げた」という見出しで報道しましたが、原文はそこまでは書いていません。

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