GOOD ON THE REEL『光にまみれて』-たとえ光にまみれたとしても
暗い部屋から外に出た瞬間、陽光のあまりの眩しさに目がくらんで何も見えなくなる事がある。これは別に僕に特有の現象でも何でもなく誰もが経験しうる事だけれど、人体と言うものは実に有能で、ものの数秒で足元を確認し、眩しいながらも歩みを進める事が出来るのだ。だけど、心はそうじゃない時がある。
今年自主レーベルを立ち上げたばかりのGOOD ON THE REELが、その一作目としてリリースしたミニアルバム、『光にまみれて』。最近ドラマ主題歌やらテレビ出演やらと目覚ましい活躍を見せる彼等だ、何故このタイミングで?とちょっとびっくりしたのは否めなかった。でも、聴いてみるとそんな下世話な心配は全部吹き飛んでしまった。音の中の彼等はただただ「いつもと同じ」ブレない姿を、変わらず僕に見せてくれていた。
とにかく曲調と曲の世界観のバリエーションが凄い。たったの七曲しか収録されてないせいもあるかもしれないけれど、イイ感じに全く違うテイストの曲が満遍なく配置されていて、本当にたった七曲しか収録されてないのにやたら壮大なスケールを感じる。終わりの方とか、ちょっと神話めいている雰囲気すらある。
一曲一曲のテイストが違うのは勿論だけれど、一曲の中でも曲が進むごとにイメージがどんどん変わっていったりするのが印象的だった。特にリードトラックにもなっている二曲目『モラトリアム』。
黄昏時の海辺のような雰囲気の、ギターのアルペジオが美しいイントロが心地良い切なさを誘ってとても居心地の良い曲なのだけど、ここで油断していた僕はサビあたりで度肝を抜かれた。静かに揺れていた橙色の水面が真っ白な闇に吸い込まれ、血のように真っ赤な花びらが舞い始めたようなイメージに襲われるのだ。お得意のセンチメンタルなアコースティック調かと思いきや、彼等には珍しいぐらいに情念深い、女心を歌い上げたロックバラードへと変貌を遂げてぞくっとする。
ボーカルの千野隆尋さんは元々圧倒的すぎる歌唱力と可愛い地声で何でも歌いこなす凄い歌い手だったけれど、最近はとみに歌声が成熟した気がする。アクリル絵の具のような透明感のある声が、ざらっとした生々しい手触りを手に入れて、ヴェルヴェットや油絵のような質感を持つようになった。
音や歌の変化は勿論、盤を重ねる毎にプラスに進んでゆくのを毎回感じるのだけれど、曲の世界観、歌詞の変化も見過ごしちゃいけない要素だ。僕はGOOD ON THE REELがメジャーデビューしてから、特にシングル『雨天決行』やアルバム『グアナコの足』を経てからどんどん強くなった、「見守るひと」の眼差しを、このミニアルバムでも更に強く感じた。予感が確信に変わった、と言っても過言じゃない。
今までのグッドの楽曲は、悩みの中に没入したひとの嘆きや決意を表したものが多かった。生きる事への疑問や痛み、憂い、どうしようもなくやるせなく枕を濡らすしかない夜の孤独、失った愛、叶わなかった恋、それでも生きてゆくしかないと言う諦めにも似た切実な決意。それらが胸を打ち、自分の事のように心に迫る。
しかし最近の彼等はちょっと違う。色んな色の絵の具を混ぜたマーブル模様の沼のような悩みのるつぼで喘ぐそのひとの悲鳴ではなく、そこからそのひとを引っ張り上げ、行くべき場所へ導くひとの歌になった。
小さな傷で膝を抱えて泣きながらママの帰りを待っていた子供の「私」、どうしようもないひとを好きになってしまって途方に暮れるしかなかった「私」、少年漫画の主人公のように今目の前にある夢とそれを阻む壁しか見えない「私」。その全てが千野さんであり、その全てが僕達自身なのだ。そして彼が、彼等が紡ぐ歌は、その頃の「私」に宛てて丁寧に易しい言葉で書かれた手紙に近い。
毎日ニンゲンとして生きてると、どうしても「いい時」と「悪い時」が出てくる。いい事と悪い事は、僕等の元にどうしてもバランスよくやってきてはくれない。闇にまみれてしまえば勿論何も見えないけれど、光ばかり見ているとそれはそれで眩しすぎて何も見えなくなるかもしれない。マーブル模様の沼で喘ぐあの頃の自分の姿も、自分と同じように苦しみ喘ぐ誰かの姿も。
目覚ましい大活躍の中でも、GOOD ON THE REELはずっとブレなかった。どんなに光にまみれても、その中から小さな叫びややるせなさを見つけ出す目を彼等はずっと持っている。この歌達は、たった今ロックバンドとして存分に光にまみれている彼等だからこそ歌える、奏でられる歌なのだ。
もしも僕の目が光や闇に慣れて、盲目なままでも生きられるようになってしまったとしても、彼等の音が、向かうべき何処かへそっと連れて行ってくれるんじゃないかと思った。
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