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発達のメカニズム~自閉傾向のなりたち①

前稿↓では、健常児寄りの発達のメカニズムを考察しましたが、次に派生して、発達障害のなりたちについて考えます。
まずは日本人のすべてがあてはまる「自閉傾向(ASD傾向)」について。
(多動はこちら→)

この記事は、公式ブログ(2021.04.23)のものを、一部改変し転載しています。

自閉のなりたちと支援の方向性

過去稿でも触れましたが、私は、日本人はグラデーション的には全員が自閉症の遺伝傾向を持っている、またその中で多動症の遺伝傾向のある人は臨床域で数%、グラデーション的には数十%くらいと考えています。

なので“普通に”育てても多少の特性が現れるのは当然です。

育ての目標は「特性を消すことではなく、社会に適応しやすい大人になること」が、よいと思います。
それでも、適応するかしないかは本人次第ですし、社会の側の要因にもよるので必ず適応するとは言えないのが難しいのですが。。

発達特性のなりたちを知ることで、何をどう支援する、育てるといいのかを、理解できるといいなと思います。

自閉傾向のなりたち

●  持って生まれた特性:特に、感覚過敏、感覚認知の問題
●  生育環境の問題:話しかけられる経験、電子機器などに触れる機会
   ↓
●  人より物に興味関心・安心感を持つ子どもになっていく 
 ⇒  言葉の遅れ、こだわり
   ↓
●  心理的変化;はじめてのもの・予測できないものは不安
 ⇒  こだわり、パニック、新規刺激を避ける
   ↓
●  成長につれて、言語力が伸び(抽象的思考力)ると、目の前にないものへの不安が減ってくる、他人との交流を怖れなくなる 
 ⇒  社会適応、社会的認知の発達へ

簡単に箇条書きしてみました。

”持って生まれた特性(生理的特徴)+育児環境による経験”から、副次的に心理的反応が生じてきます。
ですが、そこを分けずに「特性」ととらえてしまうと、いろいろ問題がおきやすいように感じます。

1) 感覚過敏・感覚認知

感覚過敏はDSM-5では症状の一つとして記載されていますが、私はこれが重い自閉傾向をもたらす遺伝的要因であり、すべての症状の元になっているものと考えています。

同じようなことを考えている方が教育の研究者の方にもいるようで、こちらの本は参考になりました。

私は認知機能の研究者ではないので、細かく認知を計測したりといったことは経験がないのですが、臨床的に観察していて、同じような結論に至りました。

自閉症の子では、苦手な音、苦手な触感などが明らかにある子が多くいます。
苦手な音では、泣いたり、パニック状態になったり、耳をふさいだりという行動がみられたり、苦手な触感では、好きな触感の服以外は着ない、拒否するなどのこだわりがみられたりします。
また、他の感覚でも例えば味覚の過敏さが、極度の偏食につながっている可能性があります。

これらの過敏性の多くは年齢と共におさまっていくことも多く経験します(参考:好き嫌いについての考察①)。
学校へ行くくらいの年齢だと"ヘッドホン”や”イヤーマフ”などをつけていれば、問題なく過ごせるようになる子もいます。
ヘッドホンやイヤーマフも耳栓レベルの高性能ではなく、防寒用などのものでも十分な子がいます。これはこの年齢になると、実際の音量よりも、本人の安心感が重要になると考えられるケースも多いということです。

また、聴覚過敏や視覚過敏などの感覚過敏、感覚認知の異常は、成人の精神疾患でもわりと普遍的にみられる症状です。

統合失調症はまさに感覚認知の異常が表に出てくる疾患ですが、うつや神経症などでも感覚の過敏性は珍しくありません。ライブハウスなどの大きな音が苦手になったり、羞明感しゅうめいかん:まぶしさを感じやすくなったり、味覚異常としての味がないように感じるなどです。

それぞれの疾患は、精神病理的には違うものと分類されますが、脳が持つ生理機能の不調として感覚の認知に異常をきたすという意味では、共通項がありそうです。

つまり、感覚過敏・感覚認知の異常は、遺伝的傾向であると同時に、脳の状態の影響もうけるのです。

これは、年齢と共に改善する子がいること、ある程度心理的要素(安心か危険かなど)の影響をうけることの説明になると同時に、どのように支援するかの方向性も見えてきます。


2) 感覚過敏・感覚認知に問題があるとコミュニケーション力が育ちにくい

ご存じのように、”コミュニケーションの問題”は自閉症の中核症状とされます。
健診で言葉の遅れを指摘され受診する子は多くいます。

人がコミュニケーションをどうやって身につけるかを考えると、感覚過敏や感覚認知の異常の不利さが理解できます。

前稿の「初期の発達のイメージ」の中で、「感覚刺激」という項目をあげましたが、感覚過敏・感覚認知の異常があると、適切な刺激を脳に入力できません。

具体的に言うと、聴覚の場合、人の声に聴力の照準を合わせにくいという問題がでてきます。
人の聴力(脳の聴覚機能)には、人の声に照準を合わせ聞き取りやすくするいわば"ノイズキャンセラー機能”がありますが、これが利かないと、人の声はとても聞き取りづらくなります。テープレコーダーを知っている世代の人は、素人がテープで録音したものの中から人の声を聞き取る難しさが分かると思います。

視覚の場合も、人の顔に焦点が合いづらければ表情の認知もまねもしにくくなります
だいぶ前にテレビ番組で自閉症の人と健常者の視線カメラの比較を見たのですが、健常者が目の前の人に焦点を合わせるのに対し、自閉症の人は後ろの壁のスイッチを見ている様子が放送されました。

健常児の視覚発達では、視力が出始める生後1か月くらいから、顔的な造作(目と鼻と口の位置関係のもの)に視線が惹きつけられやすいとされています。
しかし自閉症の重度の子では、その頃から視線があいにくいことに気づかれることがあります。

なので、この顔的な造作に視線が惹きつけられる機能が、自閉症では生得的に苦手であるという仮説がなり立ちます。

上記で紹介した本には、表情はあいまいな刺激だけど物体は輪郭がはっきりしているからではないか、と考察されていますが、私はそれは見えるものを見るようになったという結果の可能性もあると思います。

このように、聴覚、視覚で人の声、表情が認知しにくい状態であると、声、表情をまねることも難しいと考えられます。
自閉症はミラーニューロンの問題と言われたりもしますが、私はミラーニューロン以前の感覚入力の問題があると考えます。


3) 生育環境の問題:話しかけられる経験、電子機器などに触れる機会

感覚過敏が強い人はさることながら、強くない状態の人でも、脳に適切な刺激が入力されない問題として"生育環境の問題”がありえます。

言葉を聞きまねする、表情を見てまねするには、言葉や表情にたくさん触れる機会が必要です。
それらが昨今の育児環境では減っている可能性があります。

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団塊ジュニアの私が子どもだった頃、今から40年くらい前のことですが、折しも第2次ベビーブームがあり、周囲には同じくらいの子育て世帯がたくさんありました。
また、親は戦中派だったのできょうだいが多く、いとこも数えきれないほどいました。
まだ近所を子どもがひとりでお出かけすることも、道で知らない大人に声をかけられるのも普通で、地元の大人がみんなで地元の子どもを見ている牧歌的な雰囲気がありました。
そしてテレビは一家に一台、家庭用ゲーム機が発売されたのは、私が小学生の時でした。

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何が言いたいかと言うと、親以外の大人、子どもとコミュニケーションをとる環境がそこにはあったということです。親が家事育児にテンパっていても核家族でも、それ以外の大人、子どもから話しかけられ、色んなタイプの人の声、表情、性格などのパターンを脳に入力できました。
遊びもアナログのおもちゃ中心で、外で身体を使う遊びも存分にできました。

それが、今では全く違います。

今は、きょうだいは少なく、いとこも少なく、祖父母同居率も減り、親以外の大人に話しかけられたら事件になる地域が多くあります。子どもの外遊びにも制限が多くありますし、ゲームが遊びの中心というのも珍しくありません。
家庭内でも一人一台以上の電子メディアがあり、家族とも会話よりメールの方が多く、空き時間も銘々がスマホを見ている…そういう状況は珍しくないでしょう。

私は、この社会環境の変化が、昨今の発達障害児の増加の原因のひとつと考えます。

良かれと思ってか、仕方がないと思ってか、言葉を覚える段階の子にもタブレットを見せている家庭もあります。
5歳の自閉症の子のお父さんで「言葉は遅くても(単語数語しか話せませんでした)、教えなくてもスマホの扱いどんどん覚えるんで、うちの子天才だと思います」という方にも会ったことがあります。

前稿で触れたとおり、子どもの脳は入ってきた刺激に適応して発達します。

電子メディアのようなオンオフで切り替わる電子信号、アナログな雑味は全部切り取られた音域の音、これらに脳が適応した場合、人の表情や音声はとてもあいまいでキャッチしにくい刺激になるでしょう。

また、電子機器の反応はすばやく分かりやすいものです。例えば指で触れれば場面がパッと切り替わる、このような反応は楽しさや興奮を引き起こし、嗜癖状態を作り出す可能性が高いものです。
楽しいので、教えていないのに熱中して取り組むのは当然といえますが、このような状態は嗜癖(依存)と紙一重だということは、知っておいてください。

20年以上前より日本小児科医会では、「2歳未満の子どものテレビ視聴時間は1日2時間までにしないと、言葉の発達が遅れる可能性があります」と提言を出していました。
スマホ、タブレットの普及に合わせて、最近ではもう少し厳しくなっています。

日本小児科医会の提言(2019)
 ・ 2歳未満はテレビ等の視聴を控える
 ・ その後も1日2時間までにする
 ・ ゲームは1日30分までにする
米国小児科学会ガイドライン(2016)
 ・ 2歳までは視させない
 ・ 2歳~5歳も1日1時間まで

家事育児ワンオペ、電車に乗って騒げないなど、どうしても、という場面はあると思うので、一律禁止は厳しいと思いますが、脳が認知機能を鍛えている時期だと理解して、できるだけ電子メディアに触れる時間を減らす工夫をしてみましょう。


4) 感覚過敏・言葉の遅れから生じる心理的反応:こだわり、パニック、新規刺激を避ける

自分が感覚過敏の強い子として生まれたと想像してみましょう。

おくるみの触り心地が嫌い、唇に触れられるのも嫌い、音は雑音が響く世界…、「えらいところに生まれてしまった」という感じでしょう。
もちろん言葉はまだないのですが、恐怖につつまれた世界であることは想像できます。
身体が大きくなり動けるようになったら、恐怖心を全身で表現する、それが"自閉症のパニック”だと考えられます。

そんな世界で、嫌いじゃない刺激に触れたとき「これは安心できる」と覚え、常に「これがいい」と主張すること、嫌いな刺激を覚えそれを拒絶することが、"こだわり”の始まりだろうと考えられます。


その後、感覚過敏の改善に合わせて、言葉や論理力の発達に合わせて、こだわりの内容は変わってきます。
こだわりがやわらぐことも多いし、本人の興味、関心に沿うこだわりに変わる場合もあります。

感覚過敏が収まってきた後の多くのこだわりは、「初めての物はちょっと不安」という心理が隠れているように思います。

つまり、初期のこだわりは感覚過敏から直接、その後は「これは安全/危険だった」という記憶から予測してこだわるように変わっていくと、考えられると思います。

乳幼児から小学生でも同じですが、安心できる環境にいるときに子どもは発達します(安心できない環境にいるとき、赤ちゃん返りするのはその表れです)。
つまり、安心できるところだと"ちょっとチャレンジできる”のですが、安心できないと感じると"今まで安全だったものを手放せない”ということです。

安心は、経験を積むこと(つまり慣れる)のほか、頭で理解する(言語力、論理力を身につける)ことで得られます。

こだわりは治らない特性ではなく、世界について理解が進んでいないが故の不安のあらわれなのでしょう。
こだわりを止めさせる方に注力するより、この世界はそれなりに安心できるところだと理解してもらえるように支援することが、重要ではないかと考えられます。

(→ 後半:自閉症支援の問題と支援目標へつづく)

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